「毛姓大湾家文書」インタビュー
「新収蔵品展 令和7年度収蔵資料」より、「毛姓大湾家文書」について大城直哉学芸員にお話を伺いました。
「家譜」の基礎情報から、その関連資料群と総覧することで読み取れる具体的な内容、そして大城学芸員が面白いと思うポイントなど、
キャプションには載っていない情報がいっぱい!
インタビュー内容を読んで、ぜひ実物の資料を見におこしください。
「毛氏大湾家(もううじ おおわんけ)関連資料」についてのインタビュー
インタビュアー:新収蔵品 令和7年度収蔵資料。今回は歴史部門から、毛氏大湾家文書(もううじおおわんけもんじょ)について歴史担当の大城直哉学芸員にお話を伺いました。
-琉球家譜はどのような資料で、また、当時の人々にとってどういう存在だったのでしょうか。
大城学芸員:琉球の家譜は、琉球時代に作られた古文書になります。家譜を作ることができた人たちが、士族(しぞく)と言って沖縄でサムレーと呼ばれてまして、家譜を持てなかったものが、百姓という形になります。ですので、家譜を持つ・持たないでサムレーと百姓という形で、身分制に結びついたものになります。
家譜自体は、東アジアの中では中国や日本、朝鮮でも作られていましたが、琉球の場合は首里王府という国家が管理しており、証拠書類がないと記載することができないということが最大の特徴になります。そういった意味で、他の国の系図とは違い琉球の家譜は信頼性の高い系図であり、一族にとっては唯一、先祖に関する情報――先祖の生年月日や、先祖がこれまで就いていた役職、功績などをまとめていたのは、家譜しかないので、その家の人にとっては、家宝という位置づけになる資料になります。
-琉球時代の身分制を示す証拠であり、また、それぞれの家庭の戸籍のようなもので、かつその家族の歴史が分かるようなものになっているんですね。
大城学芸員:家の歴史書と言っても、過言ではないと思っています。
-今回は「毛氏家譜 大湾家(もううじかふ おおわんけ)」、そして「組立本(くみたてぼん)」、「毛氏家譜写(もううじかふしゃほん)」の3つが展示されています。それぞれ性格の違う資料だと思われますが、学芸員として特にここを見ると面白いよ、という違いがあれば教えてください。
大城学芸員:今回この毛氏大湾家の資料というのは大変貴重な資料なんです。というのも、琉球王国時代、家譜があったのは約3,000冊あったと言われています。大体は1家に1冊作るのですが、沖縄は沖縄戦がありましたので、現状確認できているのは約700冊近くです。そうした意味では今回寄贈された大湾家の家譜は、新たに分かった資料であり、何より家譜と、家譜に関係する資料がまとまっているという意味では非常に貴重なものになります。ほとんどの家は家譜があれば先祖の情報が分かるというところで家譜のみ伝わっているケースが多いのですが、大湾家は2番にあるように下書きですね、組立(くみたて)と呼ばれる資料が一緒に残っていました。組立があって、王府より正式に許可された家譜が出来上がるという家譜が制作される一連の過程が分かるという意味では、非常にあの面白い資料だと思います。
-現在残されている家譜が700冊程ということは、組立はもっと数が少ないんですね。
大城学芸員:もっと少ないですね。
-では3番写本についてもお話を伺えますか。
大城学芸員:3番は家譜写本(かふしゃほん)で、分かりやすく言うと家譜の写しになります。写しと言っても、今回寄贈していただいた大湾家の家譜のそのまんまの写しというわけではなく、10世の項目に安朗(あんろう)という人物がいるんですが、彼は大湾家の生まれの人間ではなくてですね、あと養子として入った人物になります。養子に入った家ではなく彼の生家(せいか)、生まれた家の家譜の写本になっていて、訂正された様子も見られます。これが王国末期まで記録されていましたので、おそらく大湾家(安朗生家)にとって何かの参考資料かなと思います。大湾家の家譜と、その養子の出自を知る家譜もあるので、家を一体的・総合的に、より詳細に分析していくと今後の研究が、深められるという意味では非常に面白い資料かなと。
-ちなみにこの「毛氏家譜写本」を持っていたのも、安朗さんの養子先の大湾家さんが持っていらっしゃったのでしょうか。
大城学芸員:そうです。
-写本には漢字がたくさん書いてあるのですが、何が書いてあるか教えてもらえますか?
大城学芸員:家譜は世代ごとの家族構成が最初に書かれます。家族構成の次に、尚穆王(しょうぼくおう)という王様の名が書かれていますが、ここでは各王様の代の職歴が書かれています。家譜は基本的に漢文で書かれます。漢字を追っていくと書かれていることが見えてきます。例えば、田んぼの「田」、地球の「地」に方角の「方」で「田地方(でんち)」っていう部署が書かれているのですが、そのの役職につきましたと書いてあります。
私は歴史担当なので文字を読む大好きなのですが、僕が面白いと感じるのは、たまにこう文字が崩れているものがあるんですよね。一番最後の行ですね。
これは褒美状(ほうびじょう)というもので、少し前に尚温王(しょうおんおう)世代と書かれており、その隣に嘉慶(かけい)っていう年号があります。中国の年号で、嘉慶3年に、今帰仁(なきじん)、今帰仁間切りに行って役職につき、お仕事をしましたっていう話が書かれています。その時にこの人がですね、非常に頑張ったということで王府より功績を与えますということで、この功績の写しが書かれています。
家譜は「役職につきました」という最低限の情報しか記さないんですけど、まれに崩し字で、なぜこういう役職についたのか、こういう役職についてどういう結果をもたらしたのかという功績が詳細に書かれているので、非常に面白い資料になりますね。
-文字の書き方の違いだけで、「ここは功績が書いてあるんだな」っていうことが分かるってことですね。
大城学芸員:はい。
-最後に、今回の資料を通して、来館者の方に琉球の歴史や家譜文化、ま、どんな魅力を感じ取って欲しいでしょうか?
大城学芸員:家譜というのは沖縄では系図とかいう風に言っていて、馴染みの深いものかなと思ったりしています。というのも私も博物館に務めていて、今でもお電話とか直接ご来館されて、「自分たちの先祖を探してるんだ」といって先祖探しをされてる方もいるので、今でも沖縄の人たちは、ご先祖様が琉球時代にどういう風にこう生きていたのかっていうのを非常に知りたいという興味関心が高いのかなと思っています。
ただ、冒頭でお伝えしたんですけど家譜は、サムレーとか、百姓とか、身分の問題で作ることができた人たち(と作ることができなかった人たち)がいたので、そういった意味ではその点は(家譜がないと)しょうがないところなんですけども、ただ、ご先祖様がその琉球の歴史において、どういう風に生きていたのかというその足跡を知ることができる唯一の手立てというのが家譜になります。そういった意味では、他の古文書や記録がある中でも、沖縄の人たちにとってとても馴染みのあるものが家譜になるかなと思います。
-当時の暮らしぶりが詳細に分かる1つの歴史の資料になるんですね。
大城学芸員:家譜はこういう役職についたといった良い話もあれば、悪いことをして島流しに遭いました、という話もあったりします。家族構成も詳細に書いていて、時代によりますけど、例えば家族構成の各生年月日とか、結婚といったのも書かれたりしています。中には後に離別(りべつ)と言って、離婚して新しい奥さんを見つけましたとといった話も書かれていたりします。そういった意味で、当時の琉球王国時代に生きた人たちの、先祖に関することを垣間見ることができるというのは、他の琉球王国の古文書の中でも非常に魅力的な資料の1つかなという風に思っていますね。
-家譜はその家族のお宝だと思うんですけど、そういった貴重な資料を今回ご寄贈いただいたということで、まだいろんなご家庭に眠っているかもしれないということで、大事に保管していただくか、あるいは当館にご寄贈もいただければ。
以上で質問は終わりとなります。ありがとうございました。
大城学芸員:ありがとうございました。
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