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【博物館のコレクション】浦添貝塚再訪1

最終更新日:2026.07.08

みなさんは浦添貝塚をご存じでしょうか?

浦添貝塚(うらそえかいづか)は、現在の浦添大公園内に位置する北向きの石灰岩崖下に形成された約4000年前の貝塚です。
この貝塚に隣接して、英祖王の父親の墓と伝わる「伊祖の高御墓(いそのたかうはか)」が営まれており、背後の台地上からは竪穴住居跡も見つかっています。
現在は、貝塚の基盤となっている石灰岩台地を国道330号の伊祖トンネルが貫いており、これは浦添貝塚と「伊祖の高御墓」を保護するため、難工事を経て建設されたものです。


浦添貝塚現地のようす(左が浦添貝塚が右側の石積み部分が伊祖の高御墓)

 
浦添貝塚(県指定史跡)の標柱(クリックすると拡大します)

  
石灰岩崖面の中腹の岩陰に営まれた「伊祖の高御墓」(県指定有形文化財)(クリックすると拡大します)

浦添貝塚は、1959年に嵩元政秀氏により発見され、1969年から1970年にかけて、浦添高校の郷土史研究クラブによって発掘されました。当時、郷土史研究クラブの顧問を務めた新田重清氏は、その後1972~1977年まで沖縄県立博物館に考古担当学芸員として在籍したことから、浦添貝塚の発掘品は、現在沖縄県立博物館・美術館に収蔵されています。新田重清氏は2025年10月に逝去されましたが、氏の収集品は、現在、沖縄県立博物館・美術館をはじめ、糸満市教育委員会、南城市教育委員会などに保管されています。


浦添高校郷土史研究クラブ刊行の「うらおそい」創刊号

 
新田重清氏(2017年2月)

新田重清氏は、県立博物館の記念すべき第1回文化講座で「貝塚の話」(1974年5月)と題した講演を行っています。
また、博物館紀要にも「糸満市喜屋武同村貝塚出土の曽畑・轟系土器について」(1976年)などの論文を執筆・寄稿しています。

※クリックすると拡大します。
 
浦添貝塚からはさまざまな遺物が出土しています。主だったものには以下のようなものがあります。
・土器片16000点以上(重量14kg以上)
・貝類5600点以上(2700個体以上)(重量104kg以上)
・動物骨380点以上(うちイノシシ264点)
このほか、イヌやジュゴン、ウミガメなども出土しており、注目されます。


浦添貝塚出土の貝類(サンゴ礁性の貝類が多くみられます)
 

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主任学芸員 山崎真治

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