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「グスクとは何か」を終えて②

最終更新日:2026.06.02

(前回からの続き)
4.アンケート結果から見えるグスクとは

 5月文化講座「グスクとは何か-これまでのグスク論とグスク認識-」での最後にアンケートに「グスクとは何か」を記入して下さいと来場された皆様へ呼びかけました。そのおかげもあって112のアンケート結果が集まりました。まずはアンケートにご協力していただいた方々にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
 アンケート結果を拝見するとグスクとは聖域または城跡という回答が大半を占めていました。加えて、聖域とする回答、城跡とする回答の数はほぼ拮抗していました。このような結果が出た背景としては、前者では現在もグスクへ拝みを行っている、若しくはその行為を見たことがある、後者では実際に訪れたグスクで堅固な城壁や巧みな縄張りを見たことがあるといった経験に基づいているものと思われます。
 他にはグスクとは集落であるとの回答もあり、少数ではありますが地域の主の住居、観光地、歴史文化施設、パワースポット、首里城、現在で言うところの県庁といった様々な回答が得られました。
 以上はあくまでグスクを具象的に捉えている方々の回答であり、これらとは別に抽象的にグスクを捉えている方々もたくさんいらっしゃいました。
 

5.グスクを観念で見る

 今回の講座を聞いてますますグスクとは何かが分からなくなったという回答もあったことから、普段からグスクを具象的に捉えていない方もいらっしゃることをこのアンケート結果から分かりました。
 グスクを物質的または形態的なものではなく抽象的に捉えている方々は、目に見えているものは変化していくが、本質的な部分で変わらないといった中でグスクを見ているようにも感じ取れました。それらの回答ではグスクとは地域のシンボル、皆にとって必要なもの、人を集める場所、沖縄の「宝」、心のよりどころ、権力の象徴、「特別感」を感じるもの、心が向かった場所、癒しの場所などがありました。
 まとめると権力を示すもの、あるいは沖縄の人々にとって精神的支柱としてグスクを見ていることが解りました。
 ここでいきなりですが、講座の中で触れた南城市にある崎グスクについて紹介したいと思います。南城市の奥武島中心部には崎グスクがありますが、他にも奥武グスク、タカラグスクがあります(写真1)。

写真1 奥武島のグスク分布

 これら3つのグスクは全て城壁などの防御施設を持たない拝所だけのグスクになります(写真2)。中でも崎グスクは島内の他の場所から移動してきたとされるグスクであることから、場所に固執していないことが窺われます。移動した先は奥武観音堂など島内で拝所がとくに集中している場所であることから、祭祀場としてすでに整備がなされている場所でもあります。


写真2 タカラグスク(上)、奥武グスク(下)

 このように崎グスクは島の人々にとって大切なものであるからこそ、その場所を変えてでもグスクを存続させようとした意図が窺えます。目に見えるものよりも目に見えないもの、つまりグスクでの信仰を崎グスクでは優先的に位置づけていることが窺えます(写真3)。これはグスクを抽象的に捉えている典型例であると言えます。
 
写真3 崎グスク(右)と今帰仁の御嶽(左)

6.目に見えないもの

 考古学では物質的なモノの変化を読み解き、その歴史を紐解いていくといった基本的な考え方があります。そのため、グスクに見られる信仰に関わるものについては物質的には把握されにくいことから、どうしても判明させていく上での限界がつきまといます。ということはつまり、グスクに見られる信仰がどこまで遡ることができるのかについては考古学では把握がかなり困難であるということになります。
 
※沖縄の拝所について過去の学芸員コラムにて取り上げておりますので、ご興味のある方は下記URLへアクセスしてください。
2024.03.08 埼玉県で実施した企画展『英雄 尚巴志』についての雑感②
http://okimu.jp/museum/column/1709893075/
 
 アンケートのご意見にグスクは「城ばかりのイメージが大きい気がします。もっと集落説、聖域説についても広めて欲しいです」とありました。これは考古学の成果を見ると防御性が強く見て取れることが明確に表れてくるためであり、集落説、聖域説を補強できるだけの成果がなかなか表れていないことを意味しています。なので、集落説、聖域説を広めたくても新たな成果がほとんど見えてこないことが、城郭説と同程度に取り上げきれない理由となっています。
 しかし、これは物質的な意味で14~15世紀のグスクを捉えたものであり、抽象的な意味でのグスクを捉えたことにならないと言えます。
 それぞれの学問分野において得て不得手があるため、得られる情報にも偏りが出てきます。よってグスクを理解する上でどうしても限界があることは前もって知っておく必要があります。だからこそ、グスクとよばれるものは「史料上においては」という前提で「15世紀には城館としての性格が現れ出ており、16世紀に入ると聖域としての性格が強く見られるようになる」として講座の中でお話させていただきました。

7.最も納得したアンケートの回答

 数あるアンケートの中で最も納得できた回答としては、グスクとは「先人達の生きた証」になります。城跡、拝所、集落などその性格は変化していくものの、そこは過去の人達が深くかかわった場所であることは紛れもない事実であることから、グスクは遺跡としての意味合いに近いと言えます。更に現在においてもグスクの多くが拝所として、歴史を学ぶ場として、観光地として親しまれ、そして敬われていることは過去の人々の存在を知ろうとする現代人の知的欲求を満たす場所として今なお役割を果たし続けていることを意味しています。よって、グスクとは現在も機能し続けている遺跡であるという見立てが成り立ちます。
 今回はグスクとは何かということに絞ってアンケートの回答を取り上げましたが、これら以外にも取り上げきれなかった興味深い回答がいくつもあったので、また折を見て紹介していきたいと思っております。
                                                  (おわり)

◎6月博物館文化講座情報

6月博物館文化講座
『護佐丸のグスク―築城の名手と云われた人の城―』
 前回のコラムで紹介しました2026年6月20日(土)に行われる当館主催文化講座について、詳細が当館HPにて公開されました。気になる方は下記URLをご覧ください。
http://okimu.jp/event/1779002279/






                                                 

主任学芸員 山本正昭

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