1. 琉球に持ち込まれた明朝の銭 - ミニ展示・臨時休館明けに始動 -

琉球に持ち込まれた明朝の銭 - ミニ展示・臨時休館明けに始動 -

最終更新日:2021.09.30

「7つの不思議」をテーマに銅銭を展示

博物館常設展入口に設置

7月23日から続いたおきみゅーの臨時休館ですが、10月1日からようやく開館することになりました。実は臨時休館の間にも地味ながら新たな展示の準備を行っていました。といっても、大々的な展示ではなく、博物館常設展示室前にて展示ケース1台だけの期間限定展示になります。テーマは「琉球に持ち込まれた明朝の銭」。17枚の銅銭を公開し、7つの不思議というカテゴライズでまとめてみた展示になります。
(写真:博物館常設展入口に設置)

銅銭から知る海洋国家—琉球

様々な明朝の銅銭を展示

琉球王国は海洋国家であったとよく言われます。その背景には中国で1368年に建国した明という王朝との関係の中で培われていったことは意外と知られていません。
(写真:様々な明朝の銅銭を展示)

明朝は海外との交易、交流を制限する海禁政策を1371年から打ち出していく中で、琉球王国との関係を深めて交易の代行を推し進めていきます。琉球王国は東南アジアや日本本土から持ち込まれた品々を明朝の管理の下、中国へ転売し、そして中国からもたらされた品々は琉球を介して日本本土や東南アジアへ転売するという中継貿易が形作られていくことになります。

東アジア各地の取引の場でよく使われていた中国の銅銭

沖縄ではレアな明朝の銅銭も展示

東アジア各地では取引する場において中国でつくられた銅銭がかなり使われていたことが分っています。主に10世紀から14世紀前半までの宋や元朝がつくった銅銭が使われていたのですが、明朝は新たに銭をつくり始めます。やがて「洪武通宝」や「永楽通宝」といった銅銭が琉球をはじめ日本本土や東南アジアでも取引の場で使われるようになっていきます。
(写真:沖縄ではレアな明朝の銅銭も展示)

興味深いのは海外では取引の場で「洪武通宝」や「永楽通宝」は広く使われていくのに対して、中国国内ではこれらの銅銭は使われなくなっていきます。その理由として明朝では新たに紙幣を発行して、その流通に力を入れていたことや、「銀錠」と呼ばれる銀貨による取引が増えたことから銅銭の使用は限られていくことが理由として挙げられます。同時に、余った銅銭は海外へと流出するようになります。

琉球王国と銅銭との深い関係

洪武通宝(左)と永楽通宝(右)

沖縄県内の遺跡からは洪武通宝や永楽通宝が多く出土していることから、中継貿易の中でこれらの銅銭が使われていたことは容易に想像がつきます。また、琉球王国が明朝との朝貢貿易の際に明朝が発行している紙幣の賜給を琉球王国側が拒み、代わりに銅銭の賜給を望んでいたことから、対外交易が盛んであった琉球で紙幣は好まれていなかったことが窺えます。
(写真:洪武通宝(左)と永楽通宝(右))

このように明朝がつくった銅銭を通して、15世紀から16世紀にかけての琉球の対外交易事情をこのミニ展示を通してかいま見ていきます。
おきみゅーが久しぶりに開館して、最初にみなさまをお出迎えする展示資料になります。ぜひお楽しみください。
 

 
テーマ 琉球に持ち込まれた明朝の銭
展示期間 2021年10月1日~
場所 エントランスホール(博物館常設展示室入口)

主任学芸員 山本正昭

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