1. 新発見!12000年前の石英製石器と人骨について(上)

新発見!12000年前の石英製石器と人骨について(上)

最終更新日:2012.10.26

図1博物館での記者会見のようす

図1博物館での記者会見のようす

図2発見された人骨(上段)と石英片(下段)

図2発見された人骨(上段)と石英片(下段)

図3南城市サキタリ洞遺跡(ガンガラーの谷内)

写真3 炉あと2(現代) よく焼けている。炉中には灰層がある。

図4現地での報道関係者の取材のようす

写真4 炉あと2(現代) 灰層中に焼骨(▲)が見られる。

2012年10月19日、県立博物館・美術館で記者会見が行われ、南城市サキタリ洞遺跡(玉泉洞ケイブシステム内)で12000年前(BP)の石英製石器と人骨がセットで発見されたことが発表されました。これまで、日本国内で人骨と石器や土器などの文化遺物がセットで発見された例としては、8000~9000年前(BP)の縄文時代早期の例(愛媛県上黒岩岩陰遺跡、長野県栃原岩陰遺跡など)が最古で、今回の発見はそれをさらに数千年遡る事例として大きく取り上げられました。
12000年前(BP)というと、世界的には氷河期で、旧石器時代(更新世)に相当します。一方、鹿児島県以北の日本では、12000年前(BP)頃から本格的な土器の使用が始まるため、それ以降を縄文時代と呼んでいます。サキタリ洞遺跡では土器は発見されていないことから、この時期の沖縄には、鹿児島県以北の縄文文化とは異なる文化が分布していた可能性がありますが、今後の詳しい研究と類例の追加が望まれます。
ところで、これまで鹿児島県以北の日本では、1万箇所以上の旧石器時代遺跡が知られていましたが、ほとんどの遺跡では石器だけが発見されています。旧石器時代の人骨としては、静岡県の浜北人のわずかに一例のみが知られています。無機質な石と違って、骨は長い年月の間に朽ちてしまい、残りづらいのです。
一方、沖縄では1万年以上前の旧石器時代の人骨化石がいくつも発見されています。中でも、1970年に那覇市の実業家、大山盛保(おおやませいほ)氏によって発見された1万8千年前(BP)の港川人は、4体分の全身骨格を含む日本で最も保存の良い旧石器時代人骨で、世界的にも注目されています。他にも国内最古の3万2千年前(BP)の山下町第一洞穴人や、最近では2万年前(BP)の白保竿根田原洞穴人などが発見されています。沖縄には骨の保存に適した石灰岩が広く分布しているため、昔の骨が化石として保存されやすいのです。
ところが、不思議なことに、多くの旧石器時代人骨が発見されている沖縄では、逆に石器などの文化的遺物がこれまで全く発見されていませんでした。さらに不思議なことに、沖縄では港川人の時代以降、6~7千年前(BP)に縄文時代が始まるまで、約1万年間にわたって人類の痕跡が全く知られていない空白期が存在しています。このため、港川人はその後の縄文人にはつながらないという説(断絶説)も根強いのです。
こうした現状を踏まえて、沖縄県立博物館・美術館では、2007年から新たな人骨化石と旧石器の発見をめざして、沖縄島南部で発掘調査を継続的に実施してきました。2009年からは、ガイドツアーコースとして公開されているガンガラーの谷の中にある南城市サキタリ洞遺跡の発掘調査行ってきました。

主任 山崎真治

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