1.戦災文化財から沖縄戦を考える
    沖縄戦後80年となる今年、県立博物館・美術館では9月30日(火)から博物館特別展「戦災文化財」を開催しております。戦災文化財とは、戦争で被害を受けた文化的な財産のことです。琉球王国の中心地だった首里や港町として発展した那覇には、戦前の「国宝」に指定された国を代表する貴重な文化財が残されていました。しかし、住民を巻き込んだ激しい戦闘が繰り広げられた沖縄戦で、多くの尊い命とともに町並みや風景だけでなく、先人たちが生み出した数々の文化財も失われました。本展では、戦災を受けた文化財を通じて戦争の傷ましさを知り、平和の尊さを考えるとともに、先人が築いた沖縄独自の文化財を取り戻してきた軌跡を紹介しています。
2.失われた沖縄の文化財
 本展は3つの章で構成しています。第1章は「失われた沖縄の文化財-破壊・流出-」です。冒頭では戦争で失われる前の那覇や首里の風景、歴史的な建造物や美術工芸品を写真で紹介しています。その上で、取り壊しの危機を免れた首里城正殿(沖縄神社拝殿)の修理工事、国宝保存法(1929年)に基づく沖縄の建造物等の国宝の指定や建造物の修理に奔走した人物たちとその取り組みを関係資料とともに紹介しています。しかし文化財の保護活動は、戦時色が濃くなるにつれて中断を余儀なくされてしまいました。このように危機的な状況に直面しながらも守られてきた文化財の多くは、1944年10月10日の大空襲や1945年の地上戦等を経て、破壊・焼失・散逸等の事態にさらされました。
 
3.沖縄を襲った破壊の力
 戦時中の1945年6月初めに米軍によって撮影された写真(写真1)には、荒廃した首里城周辺の様子が収められています。
 写真1 首里城付近(円鑑池・龍潭)、1945年6月8日、沖縄県公文書館所蔵
写真1 首里城付近(円鑑池・龍潭)、1945年6月8日、沖縄県公文書館所蔵
  おおよそ中央に見えるアーチ橋は円鑑池の中之島に架かる天女橋ですが、欄干がありません。また中之島に建っていた弁財天堂は跡形もありません。現在の沖縄県立芸術大学の当蔵キャンパスの敷地にあった沖縄師範学校の校舎も消え去っています。  
 日米軍による激しい戦闘や海上の軍艦から放たれた「カンポー」と呼ばれるすさまじい砲撃(艦砲射撃)、いわゆる「鉄の暴風」が吹き荒れた様子がうかがえます。建造物は倒壊し、石碑は銃砲弾を浴びて倒れ、仏像や寺院の装飾等は破損し、金属製品は形がゆがみました。展示中の破壊された文化財たちは、沖縄を襲った破壊の力の恐ろしさを物語っています(写真2)。
 写真2 破壊された文化財の展示風景
写真2 破壊された文化財の展示風景
 
4.文化財を取り戻した取り組みとこれから
 続く第2章は「取り戻した沖縄の文化財-収集・復元・返還-」です。戦後、収容所から解放されて地域に戻った住民は、荒れ果てた町を立て直してくらしを取り戻すために、ゼロからの出発を余儀なくされました。ここでは、そのような苦しい状況下にもかかわらず、有志によって焦土の中から集められた文化財の残欠等を紹介しています。また戦後復興や調査研究の進展に伴い、守礼門や首里城等の建造物や染織・漆器等の美術工芸品を復元する取り組み、さらに、沖縄戦の混乱の中で米国へ持ち去られながら、様々な方の懸命な捜索と尽力で沖縄に返還された文化財も展示しています(写真3)。しかし、行方のわからないものもあるため、継続した情報収集や活動が必要です。
 写真3 取り戻した文化財の展示風景
写真3 取り戻した文化財の展示風景
 文化財とは先人が生み出して育み守り伝えてきたもので、ここにしかないかけがえのないものです。戦災を受けながらも辛うじて形を留めた文化財は琉球・沖縄の歴史や文化を示す貴重な資料であり、後世に伝えていくべき沖縄の財産です。沖縄戦を経て失われた文化財を取り戻してきた先人の取り組みや思いを、未来へ受け継いでいくのは現在の私たち一人ひとりだと思います。
5.未来へ伝えたい“戦災文化財”
 最後の第3章は「平和を求めて」と題しています。今年7~8月にかけて、「未来へ伝えたい“戦災文化財”」をテーマとして、戦後80年目に県民が考えた、未来へ伝えていきたい沖縄戦の記憶や痕跡、平和を願って求める姿等を撮影した写真を募りました。結果、104人の方から155枚の写真を寄せていただきました。ご応募くださった皆様にこの場を借りて深くお礼申し上げます。
 県民の4人に1人の命が奪われた悲惨な沖縄戦の終結から80年の歳月を経る中、戦争体験者が次第に少なくなり、戦争の教訓の風化や継承のあり方が課題となっています。戦争で様々なものを失い多くの傷を負った沖縄の悲しみを繰り返さないため、人々は戦後80年に渡り心血を注いで平和の実現に努めてきました。普段の暮らしの中に今も残る沖縄戦の痕跡や、犠牲者を悼む心、そして穏やかな生活や日常を奪うかもしれない脅威に抗い続ける沖縄の姿は、私たちに平和の大切さを問いかけています。こうした姿勢は、将来、心豊かで平和な世界を築くための手がかりになるのではないでしょうか。
 なお応募写真の展示に当たっては、写真に込められた撮影者の思いを共有することが大事だと考えました。ここでは各メッセージを紹介できませんが、特別展の会場でそれぞれの思いを受け取っていただけますよう、多くの皆様のご来場を願っております(写真4)。

写真4 未来へ伝えたい“戦災文化財”の展示風景
 ※ご応募いただいた写真は、本展終了後、1階博物館常設展示室で展示いたします(令和8年3月までに更新予定)。
 
◎展覧会情報
展覧会名称:令和7年度 沖縄県立博物館・美術館 沖縄戦後80年 博物館特別展「戦災文化財-失われた沖縄の文化財と取り戻した軌跡-」
開催期間:令和7年9月30日(火)~11月30日(日)
開催場所:沖縄県立博物館・美術館 3階 博物館企画展示室、特別展示室1・2
                           
 
					
											
 主任学芸員 崎原恭子