写真1 渡嘉敷島 渡嘉志久の特攻艇秘匿壕跡
現在の渡嘉敷集落を見て回ると古い家屋や屋敷を囲う古い石積みはほとんど見ることできないのは、沖縄戦による戦災で渡嘉敷集落の景観が失われたことに因ります。渡嘉敷集落内にあるほぼ全ての建物は戦後に建造されたものになり、戦前とは大きくその姿を変えたのが現在の集落になります(写真2)。
写真2 現在の渡嘉敷集落遠景
対して前島には戦前からの屋敷を囲う石積みが集落のほぼ全域にわたって残っているのですが、この違いは一体何なのでしょうか。
ここでは前島での沖縄戦時のことについて触れていきたいと思います。
2.前島では戦争が無かった?
1945年3月24日に慶良間諸島の阿嘉島に上陸した米軍は27日には渡嘉敷島に米軍が上陸し、島を駐屯していた海上挺進第3戦隊との間で戦闘が行われます。住民を巻き込んだこの地上戦により多くの犠牲者が出ると共に、渡嘉敷島内の集落は大きく損壊してしまいました。
渡嘉敷島が米軍に制圧された次に前島が戦地となるはずでしたが、地上での戦闘は全く行われませんでした。それは軍隊がこの島に駐屯していなかったため、米軍は前島に上陸したものの、何もせずに引き上げていったとされています。住民や集落は戦闘による被害が無いまま前島の沖縄戦は終結することになりました。
それではなぜ、前島には軍隊が駐屯していなかったのかについて次に詳しく触れていきたいと思います。
3.前島の歴史を変えた申し出
米軍が前島に上陸するほぼ1年前、渡嘉敷島に駐屯していた海上挺身第三基地隊長をはじめとする数名が前島へ来島しました。その主な目的は特攻艇基地設営のための現地視察にありました。この時に渡嘉敷小学校前島分教場(写真3)の教師が対応したようで、島民を守る目的で訪れたのであれば、兵隊がいること自体が住民の為にならないので、お引取り願いたいと隊長へ申し出たそうです。隊長はその申し出を聞き入れました。申し出を聞き入れた背景には申し出を行った教師は元上等兵であったことも理由にあると思われます。
この結果、前島では隣島である渡嘉敷島のような日米両軍による地上戦が行われること無く、当時の前島に在住していた人々は一人の戦争被害者を出すことなく、終戦を迎えることになりました。
しかし、これは1945年4月段階の話であり、実は前島ではそれ以前に激しい空襲による被害が出ていました。
写真3 渡嘉敷小学校前島分校跡に残る校舎建物
4.集落の姿が残されていることの意味
米海軍機動部隊が1944年10月10日に琉球列島全域にわたって空爆を行った通称1010空襲において、前島もその例に漏れず集落とその周辺は空襲を受けました。爆撃機数機が集落と西側丘陵を何度も往復しながら機銃掃射と爆弾投下を行いました。この空襲により、逃げ遅れた老婆と婦人が犠牲となり、家屋数棟が全壊し、墓も1基破壊されました。その後も艦砲射撃により、古墓2基が破壊され、集落内で飼っていた家畜にも被害が及び、更にサバニが全舟破壊されてしまいました。このことから、サバニを失った前島集落の人々はしばらく島外への往来ができなかったようです(写真4)。
写真4 かつてサバニが停泊していた浜・ミィドゥマイ
このように空襲による被害が遭ったものの、島内での戦闘が無かったことで他の島よりも島民の日常生活が大きく変わることはありませんでした。そして、戦前の集落の姿を今に伝えていることも前島における沖縄戦の実態を示していると言えます。
前島の東海岸からは宜野湾市から糸満市にかけてのの西海岸を見渡すことができます。当時の前島集落の住民は1945年4月以降、沖縄戦によって見慣れた景観が失われていく様子を見届けていたかもしれません。そして、その変わり果てた景観を見て前島集落の住民は終戦を感じ取ったと思われます。
(次回へ続く)
主任学芸員 山本正昭
【参考文献】
渡嘉敷村立渡嘉敷小学校百周年記念事業期成会1988『渡嘉敷小学校百周年記念誌』(渡嘉敷小学校百周年記念誌編集委員会編
中村文雄2012『語り継ぐメーギィラマ 渡嘉敷前島』自費出版
○注目の集落めぐりイベント情報
沖縄県立糸満青少年の家主催
「地域の歴史・史跡めぐり 當銘集落―沖縄の典型的なムラの形を刻む集落―」
内容:八重瀬町の西端に位置する当銘集落。当銘集落は伝統的な集落の基本形が窺われる集落で、数多くの伝承が残っています。集落内に残る遺跡や拝所、井戸跡といった歴史の痕跡を半日かけて訪ね歩きます。
主な見学場所:テミグラグスク、當銘御嶽ならびに御嶽のガジュマル、ヒージャーガー、香地御嶽、火の神、ナーカガーほか
講師:山本正昭(沖縄県立博物館・美術館 主任学芸員)
開催日時:令和7年5月10日(土)9:00~12:00(受付開始8:40~)
集合場所:沖縄県立糸満青少年の家
参加費:500円
参加定員:20名程度 ※先着順
申し込み方法:電話による事前申し込み(沖縄県立糸満青少年の家 tel: 098‐994-6342)
申込期間:令和7年5月7日(水)まで
その他:詳細については沖縄県立糸満青少年の家(tel:098‐994-6342)へ