顔料の来た道

最終更新日:2019.05.29

 湿潤な亜熱帯に属する沖縄には、赤土(マージ)が広く分布しています。赤土の赤い色は、エメラルドグリーンの海や草木の緑とともに、沖縄の風景を印象づける色彩となっています。
 沖縄の赤土には、主に石灰岩地帯に分布する島尻マージと、主に変成岩地帯に分布する国頭マージがあり、前者は黄色味の強い橙色、後者は暗赤褐色で、土壌の性質にも違いがあります。沖縄の赤土には、鉄分(酸化鉄)が多く含まれており、赤い色はそうした鉄分に由来するものです。
 人類にとって赤色は、もっともなじみ深い色の一つでした。赤い石や赤い泥から赤色の顔料を作る技術は、アフリカでは28万5千年前頃までさかのぼります。その用途については諸説がありますが、ボディペインティングなどに用いられたのではないかと考えられています。
 沖縄では、首里城などで赤色顔料が多用されていますが、その歴史は意外と新しく、これまで知られていた最も古い顔料の使用例は、縄文時代後期(約3千500年前)のものでした。この頃に製作された蝶形骨製品などには、表面に赤色顔料を塗布した痕跡が残されています。
 一方、近年南城市サキタリ洞遺跡の縄文時代前期(約5千500年前)の地層から、赤色顔料の付着した砂岩礫が発見され、付着した顔料の理化学分析によって、酸化鉄を主な成分とするいわゆる「ベンガラ」であることが明らかになりました。これは、沖縄における顔料の歴史を2千年ほど遡らせる発見となりました。
 沖縄の北に位置する九州では、赤色顔料の利用は1万4千年ほど前の縄文時代草創期に遡ります。沖縄の赤色顔料も、九州の縄文文化との関わりの中でもたらされたものと考えられます。
 ところで、沖縄では赤色顔料の製作には、どのような原料が利用されたのでしょうか。赤土は最も身近な材料だったはずですが、赤味が弱く、良質な顔料とは言えないようです。湿地などで形成される褐鉄鉱や高師小僧(植物の根にバクテリアの作用で鉄分が沈着したもの)は、鉄分を多く含むことから、顔料の材料としても利用されていたようです。日本では鉄分主体のベンガラ以外にも、水銀朱が赤色顔料として利用されていましたが、先史時代の沖縄では水銀朱の利用は知られていません。
 沖縄の赤色顔料をめぐる製作技術や利用の歴史については、まだまだ謎が多く残されており、今後の調査研究の進展が期待されます。
主任学芸員:山崎真治
 

  島尻マージ(糸満市真栄平)

国頭マージ(石垣市平久保)
赤色顔料が塗られた蝶形骨製品(再現品)
赤色顔料の付着した砂岩礫
(サキタリ洞遺跡:縄文時代前期)

赤色顔料の顕微鏡写真

赤色顔料の材料

(左上:褐鉄鉱(北大東島産)、右上:赤土(恩納村産)、左下:辰砂(水銀朱の原料)、右下:高師小僧(名護市産))


 

主任学芸員:山崎真治

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