1. 「海の世界観とまつり -塩屋湾のウンガミを事例に- 」

「海の世界観とまつり -塩屋湾のウンガミを事例に- 」

最終更新日:2017.09.27

海に囲まれて育った沖縄人の中には、実は泳ぎが苦手な人が多いことをご存知だろうか。まだどこの海岸にも干潟が残っていた頃、私の記憶では海に入れるのは歩いて行ける干潮のときだけ。だから、海とは、サンゴ礁が露わになったゴツゴツした岩場か、どこまでも砂浜が続く遠浅の海岸のイメージであり、満潮になり荒々しい波が打ち寄せる海には近づけない怖さを抱いていた。幼少の記憶が共通のものとは限らないが、概して沖縄人の海の世界観には、畏敬と畏怖の両面的な感覚が働いていると思う。

サンゴ礁に囲まれた沖縄の海は、リーフ(環礁)を境に内海のイノー(礁地)と外海に分けられる。イノーはサンゴ礁が作り出す浅瀬の海で、人びとが徒歩や小舟で行き来し、食料を獲得する場所である。一方、リーフの外海はサンゴ礁の礁縁部から急に深さを増し、荒々しい波の外洋に続いていく。そこは漁撈や航海等を生業にする人以外には、めったに接することのない世界といえよう。

この2つの海の存在が、沖縄人の世界観につながっている。これについて、民俗学者の谷川健一は、碧玉をくだいたように透明な内海と、真っ黒く神秘性をたたえた波がうねっている外海の色わけが、日常と非日常とを明確に区別しているという。また、沖縄人にとって、外海は畏怖と期待をこめた願望の空間であり、その彼方には「世(ゆー)」(豊穣)をもたらすニライカナイがあると信じている[谷川:1987]という。

このような世界観をもった沖縄では、年の節目にニライカナイからはやってくる神を迎えてその年の豊作や豊漁等に感謝し、次の年の豊穣を祈願する祭りが各地にある。「塩屋湾のウンガミ」もその一つで、ニライカナイから海神を迎えて豊穣を祈願する祭事である。

「塩屋湾のウンガミ」は、毎年旧盆明けの亥の日を正日として開かれる。筆者は2014年8月20日と2016年8月21日、2017年9月9日と10日の祭りを見学した。今回は、ウグヮンマール(御願年)にあたる2014年と2016年の記録をもとに紹介したい。

「塩屋湾のウンガミ」は、現在、塩屋湾沿岸の田港、屋古、塩屋、白浜を中心に、大保、押川、江洲を加えた7村で共同して行っている行事である。

祭りの準備は1週間程前にファーリー舟を降ろすところから始まる。

ウンガミ前夜、村のハミンチュ(ノロ等の神役)はそれぞれの元屋でウンガミ(海神)を迎える。

祭り当日、朝6時から村の男たちが屋古アサギに集まり、クムーとよばれる藁の日除けや芭蕉葉などを飾りつける。一方、ヌル(ノロ)は田港のウフェー屋を拝み、ヌン殿内から田港(タンナ)アサギへ向かう。アサギに集まったハミンチュは、タンナ川で水撫(ミジナリー)し、田港アサギで「ウンケー酌」をもって祭りの始まりを告げる。ウンガミ(海神)のご来臨のお礼と、門中の人びとの健康、豊作、 ファーリー乗組員の無事を祈願するという。村の人々は各門中のハミンチュを拝み、神酒と餅をいただく(写真1)。

田港アサギの神事が終わると、屋古アサギに向かう。ヌル、若ヌル、アシビガミ、ファーリーガミなどがそれぞれ決まった位置に座り、門中の人びとに酒をふるまう。ここでは、アシビガミがヨンコイの神舞を行い(写真2)、最後にヌルの祈願(神ウスイ)の儀礼が行われる。

いよいよ塩屋に向かう。ハミンチュの一行は、ヌル、若ヌル、ウフシル、ウフチガミが駕籠に乗り、シマンホー(島方:男性の神人)を先頭に陸路、塩屋のシナバ(青年浜)に向かう(写真3)。一方、ファーリーガミを乗せた御願バーリーが屋古のフルガンサを出発する。ファーリーは田港、屋古、塩屋の3艘があり、最初にフギバン(10数名乗り)が出発し、次いでウフバーリー(現在は30名位)が対岸の塩屋を目指す(写真4)。

一方、湾の沿岸ではヌル達を乗せた駕籠の行列がゆっくりと進み、村人達は駕籠に向かって祈願する。塩屋のシナバでファーリーガミとヌル等が合流し、一行は神道を通ってナガリ(兼久浜)に向かう。そして、ニレー(西の海)に向かって豊作と豊漁を祈願する(写真5)。シマンホーが水際でマタザイとよばれる道具でいるかを捕るしぐさをして、ここでの儀礼を終える。再びシナバに戻り、ヌルが田港御嶽へのつなぎの祈願をし、ガジュマルの枝に吊された小太鼓とともにヌルがウムイを唱え、ハミンチュたちが調子をつけて唱和して一連の儀礼は終了する(写真6)。

翌日は、ヤーサグイという神事がある。ヌルを中心にハミンチュ達が元屋を回り、その家の不浄を払い、一家の健康と繁栄を祈願する。

以上、「塩屋湾のウンガミ」(ウグヮンマール)について簡単に説明した。祭りを司祭するハミンチュは、年々少なくなっているが、祭りは今も盛大に行われており、村の人びとが総出で祭りを盛り上げている姿が印象的であった。現代の祭りは、ニライカナイから海神を迎えるために、準備から片付けまで村の人びとがそれぞれ役割をもって参加している。こうした人びとの結びつきが、伝統的な祭りを維持し、祭りを介して郷里を同じくする人の帰属意識を高めていると思う。

沖縄人にとって、海は畏敬と畏怖の存在ではあるが、その彼方には、「世」をもたらすニライカナイがあると信じている。祭りが終わると、海の神は海の彼方の世界に帰り、ふたたび村は静かで平穏な日常に戻る。来年また豊作を感謝する日のために、また1年が始まるのである。

 
  • 写真1 田港アサギでの酌

  • 写真2 屋古アサギでのヨンコイ神舞

  • 写真3 駕籠での移動

  • 写真4 御願ファーリー

  • 写真5 ナガリでの祈願

  • 写真6 シナバでのウムイ

 

2017年11月1日から始まる開館10周年記念特別展『海の沖縄 開かれた海への挑戦』の中で、沖縄の海の祭りについての映像資料を上映します。
ぜひ、多数のご来場をお待ちしております。

主任学芸員 大湾ゆかり

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