1. 沖縄の民話-寄贈テープの保存と活用について

沖縄の民話-寄贈テープの保存と活用について

最終更新日:2016.05.25

沖縄県立博物館・美術館では、平成28年3月14日付けでNPO法人沖縄伝承話資料センターより、沖縄の民話33,000件を記録したカセットテープの寄贈をいただきました。このテープは、沖縄各地で口承伝承されてきた民話を、故遠藤庄治先生(元沖縄国際大学教授)をはじめとする調査者が、1970年代初めから各地に赴いてその土地のお年寄りから収集した貴重な音声資料です。当館はこれまで有形文化財の収集・保存・活用に力を入れてきましたが、音声資料という無形の文化財には、あまり実績がありません。そこで、民話という無形文化財を博物館資料として受け入れるにあたり、その適切な保存と活用について考えてみたいと思います。

1民話とは

民話とは、民衆の生活の中から生まれ、民衆によって口承されてきた説話のことを言います。民話には、昔話・伝説・世間話のほか、民俗説明や歌などがあります。このうち「昔話」は、「むかしむかし、あるところに・・・」という風に特定の人物や場所が描かれるわけでなく、本当にあったかどうかもわからないように語られる話です。「伝説」は、特定の人物、あるいは場所にまつわる話で、実際にあったように信じられているように語られる話。「世間話」は、最近のできごとや近隣の人、親類、親戚や話し手本人が主人公で、実話や体験談の形で口承されます。「民俗説明や歌」は、民話調査の中でしばしば古い言葉や習慣を説明する話や子守歌やわらべ歌などが一緒に語られるので民話の範疇に入れています。

これらに対して「伝承話」という言葉があります。これは遠藤先生が発明したそうです。遠藤先生は、沖縄には昔話も伝説も神話も同じように口承により伝えられているので、これらを包括した言葉として「伝承話」という語が提案されたとのことで、民話研究では大きな功績だと評価されています。

2民話研究の足跡

民話の研究は、戦前期には佐喜眞興英の『南島説話』(大正11年)や島袋源七の『山原の土俗』(昭和4年)等があり、口承伝承されていた民話が活字化されて紹介されました。

戦後の民話研究は、昭和30年代から始まります。昭和33年には伊波南哲が『沖縄の民話』を出版し、昭和35年から40年代にかけて琉球大学民俗研究クラブによる各地の民俗調査の中で民話が調査されて『沖縄民俗』に掲載されました。さらに、昭和48年から51年にかけて、立命館大学、大谷女子大学、沖縄国際大学の3大学が沖縄口承文芸調査団を結成して、沖縄本島東の与勝諸島や国頭村、大宜味村、東村、八重山諸島、宮古郡の伊良部島等で合同調査を行いました。

昭和48年には遠藤先生の提案により沖縄国際大学に口承文芸研究会が発足。卒業生と在学生の有志が中心になって足かけ10年で県下54市町村中、約4割にあたる地域を調査しています。この調査では研究会と地元の自治体とが共同で活動し、各地に民話の会ができるきっかけとなりました。

一方、昭和51年には沖縄民話の会が、民話の記録保存を目指し、社会の共有財産としての民話を社会に還元するための組織として設立し、地域の民話の会と協力して、全県的な規模で民話運動を展開していきます。民話の研究者だけでなく、家庭の主婦、保母、公務員、教員、学生など、あらゆる人びとが参加し、民話の調査及び記録保存と研究の促進、民話の還元活動の実践、各地民話の会の活動支援、会報の発行等の活動方針をかかげ、本格的な民話調査を行いました。

さらに、沖国大の「遠藤ゼミ」による調査活動や遠藤先生の退官に伴い設立した沖縄伝承話資料センターにより調査が継続されました。こうして、集められた民話の件数は、2014年現在76,000話にのぼるそうです。約33年間にのべ15,000人の調査者がのべ13,000人の話者から民話を聞き取り、テープに記録したとのことです。

こうして聴取された民話テープも、カセットテープであるため資料の劣化とともに活用方法にも限界があります。そこで、沖縄伝承話資料センターでは、2002年から収集記録のデータベースを作り、2007年からデジタル化事業を行っています。そして、現在までに約4万話のテープがデジタル化されているとのこと。このうち、33,000話を収録したテープ1,508本の整理が終わり、今回博物館にご寄贈いただきました。

  • 贈呈式のようす

    贈呈式のようす

  • ご寄贈いただいた民話テープ

    ご寄贈いただいた民話テープ

3民話調査と保存の緊急性について

民話研究は、戦前は純粋な口承のみで知られた昔話や伝説を筆録する方法から、テープレコーダー等を使用して収録したり、デジタル録音や録画により記録化が進められています。

沖縄においても、民話研究は盛んに行われていますが、実は、島嶼県の沖縄では地域によって伝承話の実態が異なるし、戦争の被害によって話し手の人口が少ない上に、高齢化しており、さらに、地域の言葉が廃れて、方言で伝承されてきた民話が次の世代に伝承されないなどの問題があります。

したがって、これまでに記録化された民話は、沖縄人が生活の中で親から子や孫へと伝えてきた精神文化の世界を記録した貴重な資料であると言えます。

一方、民話テープの保管にはいろいろな課題があったようです。まずは場所の問題、さらにカセットテープの温湿度条件の整備など。民話の会は、1993年、県及び国の機関に対し、伝承話聴取テープ等の保管について要請活動を始め、その結果、国立民族学博物館に一時テープを送って保管してもらったようです。ですが、沖縄の貴重な財産となりうるオリジナルテープはやはり沖縄にあるべきとのことから、再び沖縄に戻り沖縄県公文書館で一時的に保管、その間に「沖縄民話資料のデータベース化事業」(日本学術振興会科学研究費助成)が始まり、一部のデータベース化によりCD-ROM「沖縄の民話(北部地区その1)」が完成しました。2007年度には、日本学術振興会の支援を受けてそれまで日本民話記録の保存とデータベース化に取り組んできた「日本民話データベース」の事業を継承して「沖縄伝承話データベース作成委員会」が生まれ、本格的な沖縄民話のデータベース化事業が開始されました。この事業は後に「東アジア民話データベース作成委員会」に受け継がれ、今日までに約45000話の沖縄民話がデータベース化されているとのことです。このように、沖縄の言語や文化の基盤をなす民話の音源は、大勢の方々の努力の上で大切に保管されるとともに、活用への足掛かりが作られてきたのです。


こうしてデジタル化が終わったオリジナルテープとデジタル化された音源について、沖縄の無形文化財として当館が受け入れる運びになり、今回正式に寄贈されることになりました。
 

4ふれあい体験キットにおける民話の活用例

博物館1階ふれあい体験室では、来館者が自由に体験できる様々なキットを用意しています。このたび、12件の新しいキットができあがり、そのうちの1つに「音声が流れる民話絵本」があります。絵本の題材は名護市の「犬の足」、読谷村の「炭とワラとそら豆」、多良間島の「ネズミとヤドカリ」、そして小浜島の「ニワトリが朝に鳴くわけ」の4話。これらの絵本は、いずれもその土地の言葉で再話した音声が流れるように作られています。その音声に合わせて絵と方言及び標準語の文字が書かれた頁をめくります。何度も聞く内に、民話独特のお話の展開がとても心地よく感じられるようになります。また、地域によって話し言葉のバラエティーを実感することができ、自分でも覚えて子ども達に話してみたくなります。ふれあい体験室にお目見えしたら、ぜひ手にとってみてください。

音声が流れる民話絵本(「犬の足」)

音声が流れる民話絵本(「犬の足」)



このように民話を使って沖縄の伝承文化や地域の言葉の普及活動に大きく寄与することができます。そこで、当館では寄贈いただいた民話テープの活用を図るため、現在可能性のある活用方法を模索中です。たとえば、33,000件の民話を研究者や愛好家の皆さんが自由に調べることができるよう横断検索が可能なデータベースを作成する、とか、代表的な民話を選んでデジタルコンテンツを作成するなと、音声資料は無形がゆえに工夫次第で活用方法は無限に考えられます。

民話が沖縄の人びとの暮らしの中で口承されていくためには、今忘れ去られようとしている話を復興し、これを語る人びとの養成や民話を話す機会を増やすことが重要な課題だと思います。

当館では、まずは寄贈されたオリジナルテープを整理し、県民の財産として適切に保存し、なおかつこれらの資料のデジタル媒体への変換に協力していきたいと思います。また、これらの活用方法は今後も漸次検討し、できる限り多くの民話が多くの人達に伝わるよう努力していきたいと思います。
 

主任学芸員 大湾ゆかり

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