1. 「天然記念物」という言葉

「天然記念物」という言葉

最終更新日:2012.01.27

沖縄ほど天然記念物が身近な県はないのではないでしょうか? オカヤドカリは県内各地の自然海岸で容易に観察できます。西表島に行けば、電柱の上などに止まっているカンムリワシと出会える可能性が高いでしょう。しかし、天然記念物と人との距離が近いことは良いことばかりではありません。ヤンバルクイナの交通事故被害などはその負の側面といえるでしょう。天然記念物と人とがどのように折り合いをつけて共存していけば良いのか、沖縄県の大きな課題の一つとなっています。

ところで、最近ふとしたことから「天然記念物」という言葉自体に興味を持ちました。確かフンボルト(Alexander von Humboldt:18-19世紀ドイツの博物学者)が大きな木に対してこう呼んだのではなかったか?昔、本で読んだ記憶はありますがあやふやなものです。そこで調べてみることにしました。インターネットや手近の書物を見てみますと、説明内容の大筋は同じですが、細かい部分には意外にもいろいろな変異がありました。その中の2例を挙げます。

  1. 「フンボルトは、1799年から1804年まで、南アメリカの赤道付近の国々を旅行したが、1800年ヴェネズエラ北部のヴァレンシア湖に近いツルメロ村を旅していた際、1マイルほど離れた遠方に、一つの丘または一つの樹叢と思われるものを認めた。近くへ来てみると、これは、丘でも樹叢でもなく、ネムノキのような葉をしている一株の樹木で、枝が又状に分かれ、枝張りが非常に大きく、幹の高さはようやく60フィート直径29フィートに過ぎないが、傘のごとく枝が広がっているため枝張りの全直径が186ないし192フィートあり、球形の樹頭の周囲が576フィートに達したこの地方では著名なザマン・デル・グァイルであった。
    フンボルトは、これを「老木の光景は、何か偉大さ、荘厳さをもっている。この天然記念物(Naturdenkmal)を傷つけることによって人文的記念物のないこの地方では厳重に罰せられる」と語り、はじめて天然記念物という語を用いている。」(品田、1971)
  2. 「天然記念物という言葉はアレクサンダー・フォン・フンボルトが『新大陸の熱帯地方紀行』(寛政12年、1800)の中で用いたのに始まるといわれる。南米、ベネズエラを旅行中に、一見樹叢のように見える巨樹をながめて、これこそ天然記念物(Naturdenkmal)であるといった。そして、毀損することのないようにと、人びとの注意を喚起した。」(加藤、1995)

「フンボルトが、ベネズエラにおいて森のように見える1本の巨樹と出会い、これを天然記念物と呼んだ」ということは共通しています。しかし、1800年に樹を見たのか、それとも1800年にそのことを書いた本を出版したのでしょうか。この樹を毀損した場合、この地方の人びと(あるいは制度)に罰せられるのか、それともフンボルトが「毀損すべきでない」とこの地方の人びとに言っているのか。何が正しいのでしょうか?

このような時は、可能な限り原著にあたるべきです。幸い、現在では各国の図書館やグーグルが古い本の写しを公開している場合があります。『新大陸の熱帯地方紀行』の原題は「Voyage aux regions equinoxiales du nouveau continent, fait en 1799, 1800, 1801, 1802, 1803 et 1804」で、ボンプランドとの共著で1814年から1825年にかけてパリで複数巻出版されています。使用言語はドイツ語ではなくフランス語でした。1819年に刊行された第2巻にこの巨樹の話しが出てきます。

この本の中で、「この天然記念物(monumens de la nature)への違反は厳しく罰せられる」と書いてあるようです。「ようです」というのは私がフランス語をよく解さないからで、辞書首っ引きでも大体の内容しか判りません。仕方が無いので、Thomasina Ross による1851年の英語翻訳本を見てみます。すると、「人文的記念物のない国々においてはこれらの天然記念物(monuments of nature)の違反は厳しく罰せられる。我々は、枝を切るという罪をおかした入植者を、ザマングの所有者が訴えたということを満足を持って聞いた」とあります。上記の品田(1971)の解説が正確です。ただし、細かいことですが、「幹の直径」は29フィートではなく9フィートでした。
以上の話しをまとめますと以下のようになります。

「フンボルトが、1800年にベネズエラで1本の巨樹に出会い、これを天然記念物(monumens de la nature)と呼んだ。このことを、1819年に刊行した『新大陸の熱帯地方紀行(第2巻)』において記述している。」  フンボルトのこの言葉が日本語の「天然記念物」(当初は「天然紀念物」)となっていく過程については、また別の機会にいたしましょう。
さて、今回のお話はこれでおしまいなのですが、いまもって私が引っかかっていることがあります、monumens de la nature という言葉ですが、フランス語の辞書にはmonumens という語は無くmonuments が正しいようなのです。単なる誤植かと思いましたが、原書のいろいろな箇所に同じ語が出てきます。何故でしょう?どなたかお判りになる方がいらっしゃいましたら教えていただきたいと思います。


 

引用文献 加藤睦奥雄.1995.天然記念物を考える.In: 加藤睦奥雄・渡部景隆・畑正憲・沼田真編『日本の天然記念物』 pp 6-13. 講談社
品田穣.1971.天然記念物保護の歴史とその意義.In: 本田正次・吉川需・品田穣編『天然記念物事典』 pp. 307-318. 第一法規出版

博物館班長 濱口寿夫

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