1. 特別展「復帰40年記念 Okinawaから沖縄へ」 

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博物館 特別展

特別展「復帰40年記念 Okinawaから沖縄へ」 

2012年09月28日(金) ~ 2012年11月25日(日)

特別展「復帰40年記念 Okinawaから沖縄へ」 
【開催形式】
主催:沖縄県立博物館・美術館
共催:ハワイ沖縄連合会
特別協力:琉球放送株式会社、NHK沖縄放送局
後援:沖縄タイムス、琉球新報社、NHK沖縄放送局、沖縄テレビ放送、琉球朝日放送、琉球放送、ラジオ沖縄、エフエム沖縄、タイフーンf m 、F M レキオ、沖縄ケーブルネットワーク株式会社協力:外務省大臣官房総務課外交記録・情報公開室、具志堅用高記念館、白井・具志堅スポーツジム、那覇市歴史博物館、りゅうぎん総合研究所、石川・宮森630会、沖縄県公文書館、南風原町立南風原文化センター、読谷村立歴史民俗資料館、読谷村史編集室、沖縄県平和祈念資料館、琉球放送、琉球新報社、沖縄タイムス社、琉球新報新聞博物館、沖縄県教職員組合、沖縄県立図書館、沖縄県ロック協会、沖縄水産高等学校、沖縄尚学裔等学校、興南高等学校、美里高等学校、石川高等学校、ひめゆり平和祈念資料館、宜野湾市立博物館、共同通信社、ベースボールマガジン社、沖縄協会津留健二、内村千尋、照屋林次郎、福地瞭昭、具志堅勝也、鰐渕信一、東僕史、山岸豊治、崎原恒新、真栄里泰山、大城學、新城俊昭、鳥山淳、新城和博(順不同、敬称略)
 
【開催趣旨】
 沖縄は今年で復帰40年を迎えた。50代以上の方々は復帰当時のエネルギーを肌で感じた世代で、本土復帰に対する思いを強く持っている。一方、現在の若い世代は当然のことながら復帰前後のことを知らない。当時10歳以下だった40代にしても、復帰の前後の違いについてはうろ覚えであるし、ましてや当時の社会状況や世の中の雰囲気は分からない場合が多い。復帰の実体験をもつ世代と、それ以下の世代との間には意識の差が少なからず存在するのはある意味当然である。当展示会は、特に40代以下の若い世代に沖縄が日本ではなかった時代のことを知ってもらい、ウチナーンチュが本土復帰に求めたものは何だったのかを理解してもらいたい。さらに、復帰後の変化や様々な分野での躍進を示しながら、現在の沖縄の状況や立場を再確認し、今後の進むべき方向を考えるきっかけにしてもらうことを目的とする。
 
【展示内容】
プロローグ
沖縄戦からアメリカ世は始まり、天皇メッセージ、講和条約をへて特異な沖縄の状況が形づくられる。沖縄切り離しの前段階として扱う。
・壁面に1879 1952. 4. 28の略年表パネル( コラージュ写真含む)を設置
・【中心資料】
①サンフランシスコ平和条約(認証謄本)

1)「日本」ではなかった沖縄
1952年4 月28 日のサンフランシスコ平和条約によって沖縄は日本本土から切り離され、米軍の施政権下に置かれた。軍政府・民政府のもとで沖縄住民は不自由を余儀なくされ、様々な人権侵害や米軍による事件・事故に苦しめられた。ここではアメリカ統治下における沖縄の状況を示す。

(1)銃剣とブルドーザー
米軍による土地接収の状況と島ぐるみ運動をパネル化(年表・写真・解説)
・【中心資料】
①布令109号「土地収用令」
②プライス勧告
(2)高等弁務官と琉球政府
絶大な権力を振るった高等弁務官を印象的に展示すると同時に琉球政府時代の関連資料を展示する。
・【中心資料]
①高等弁務官旗(大)
②高等弁務官胸像
③琉球船舶旗
(3)人権抑圧
渡航制限や言論弾圧など沖縄がおかれていた厳しい状況を表現する
・【中心資料】
①パスポート
②言論弾圧の資料(門奈コレクション)
③瀬長亀次郎関連資料
(4)復帰前の事件・事故
宮森小学校ジェット機墜落事故、毒ガス移送、由美子ちゃん事件、コザ騒動について大きめのパネルを中心に
展示する
・【中心資料】
①石川・宮森6 3 0会所蔵資料②毒ガス移送取材用の防毒マスク
※沖縄タイムス連載記事「基地で働く」を冊子化して見られるようにする。
※ コザ騒動、毒ガス移送は琉球新報社のビジュアル版を利用する。
※石川高校・美里高校放送部制作ビデオを上映する。
(5)アメリカの経済・文化政策
基地機能の維持の為に住民との良好な関係を築こうとしたアメリカの諸政策を扱う。
・【中心資料】
①琉球銀行設立当時の銀行章
② U S C A R が所有した琉銀株券
③語学センタープレート
④ A K A R 銅版

2)祖国へのあこがれ
1960年には沖縄県祖国復帰協議会が結成され、1968年には主席公選によって屋良朝苗が当選した。沖縄の人々は、祖国復帰と同時に基地のない平和な沖縄の実現を求めたが、日米両政府による沖縄返還政策が明らかになると、その切なる願いはないがしろにされることが明らかになった。ここでは県内外の復帰運動に関する資料を展示する。また、ハワイ移民が沖縄の本土復帰をどのように見ていたのかについて、アンケート調査を行いその結果を展示する。

(1)復帰運動のあゆみ
復帰運動について実物と解説・写真パネルで展示
・【中心資料】
①復帰協の旗
②返還協定粉砕のゼッケン・クバ笠
③屋良朝苗日誌&関連資料
④沖縄返還協定文書
※「沖縄を返せ」の歌をヘッドフォンで聴けるようにする。
(2)復帰の襄側
復帰運動のあゆみの展示
沖縄返還協定の裏側で交わされた核の再持込に関する密約について、実物とパネルで展示
・【中心資料】
①合意議事録英文草案
②若泉敬の歎願状
※ 沖縄返還25年RBC特番を上映する。
※ NHKきんくる屋良朝苗を上映する。

3)復帰とその後の沖縄
復帰当日の様子と復帰後の沖縄の様々な変化を振り返る。また、講和条約から現在までの略年表を設置し、観覧者が簡易な操作を行うことで、自分の親が歩んだ時代に自らを重ね合わせられるようにする。

(1)復帰あの日あの時
祝賀式典の一方で「基地つき返還に抗議する県民大会」、市内の様子、新聞記事など写真パネルを中心に展示
・【中心資料】
①復帰記念メダル(餓覧者が触れるようにする)
(2)復帰直後の巨大プロジェクト
ドル円切り替え(72)、若夏国体(73)、海洋博(75)、交通方法変更(78)に関連する資料を展示。
・【中心資料】
①ゴム印の押されたドル紙幣
②交通方法案内標識・ポスター
(3)様々な変化
復帰後の変化について解説・写真パネルを中心に展示
・観光客数の推移(グラフ)
・自然環境破壊の写真(写真)
・沖縄から東京までの所要時間の変化
•町の景観変化(写真)
4) アメリカ文化との接触・受容
外の文化を取り入れ、アレンジし、独自の文化を創造してきた沖縄。戦後も支配者文化を柔軟に取り込み、独自の文化を成長させていったウチナーンチュによる新たな文化創造(音楽関係や食文化関係) について展示する。
(1)オキナワンロック
・【中心資料】
①沖縄県ロック協会所蔵資料
(2)食文化の受容
・【中心資料】
① 現在でも食されているアメリカ製食品
5)ウチナーの再発見と自信の芽生え
ウチナーンチュが沖縄の良さに気付き、自信を持っていく過程を展示する。エイサーを始めとする伝統文化の再認識や芸能界、スポーツ界での活躍の様子を実物とパネルで展示する。
(1)沖縄民謡
・【中心資料】①照屋林助(てるりん)関連資料
(2)伝統文化の復興と・隆盛解説・写真パネル
(3)スポーツの隆盛
・[中心資料] ①具志堅用高のチャンピオンベルト・グローブ
②沖水、沖尚、興南の甲子園出場資料
※記憶に残る試合を観覧者に投票してもらう
6) 「沖縄の現代生活」
公募写真コンテスト「暮らしは歴史。」の応勢作品を利用して、印象的なアートギャラリー空間をつくる。
7)観覧者による展示参加
来館者が、沖縄についての様々な質問に対して答えることで展示が作り上げられていく空間とする。
スポーツの隆盛の展示
参加型展示(記憶に残る甲子園)

【関連事業】
(1)文化講座「2つの復帰を経験して」
日時:2012年5月12日(土)14:00 16:00
講師:津留健二(沖縄女子短期大学教育実践支援センター長)
会場:講堂(200名定員)
 
(2)文化講座「復帰40年に考える~沖縄歴史はどのように継承されているか~」
日時:2012年11月11日(日)14:00 16:00
講師:新城俊昭(沖縄大学客員教授)
会場:講堂(200名定員)
 
(3)シンポジウム「復帰後の文化・社会」
日時:2012年10月13日(土)13:30~16:00
講師:大城學(琉球大学教授)、新城和博(ボーダーインク)、柳卓(フリーアナウンサー)、諸見里杉子(フリーアナウンサー)
会場:講堂(200名定員)
 
(4)公演(コント)「お笑い本土復帰」
日時:2012年11月3日(土) 1回目:13時~14時、2回目:16時~17時
実施者:(有)FECオフィス
会場:講堂(200名定員)
 
(5)展示解説会(2回)
日時:2012年10月6日(土)14:00~15:00、10月27日(士)14:00~15:00
講師:岸本弘人(当館学芸員)
会場:博物館特別展会場(各20名定員)


 

展覧会情報

会期 2012年09月28日(金) ~ 2012年11月25日(日)
場所 特別展示室1,特別展示室2,企画展示室
開館時間 9:00~18:00(金・土は20:00まで) ※入場は閉館の30分前まで
休館日 毎週月曜日
主催 沖縄県立博物館・美術館
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