浦添貝塚の出土品のうち、特に注目されるものとして、市来式土器(いちきしきどき)があります。
市来式土器は、鹿児島を中心として九州南部に分布する約4000年前の縄文土器で、この土器が1970年7月に浦添貝塚から
発見された際には、沖縄と九州との文化交流を示す証拠として大いに注目を集めました。
浦添貝塚出土の市来式(左)と嘉手納貝塚出土の荻堂式土器(右)
市来式土器の文様細部(左)と胎土のマイクロスコープ写真(右)
市来式土器には、石英や長石、黒雲母などの花崗岩由来の岩片・鉱物が含まれており、
九州で製作された土器が、はるばる沖縄まで運ばれたものと考えられます(沖縄ではこのような胎土の土器は少ない)。
また、浦添貝塚の市来式土器は、市来式の中でも最も豪華なタイプで、「市来の中の市来」と呼ばれるタイプです。
このような優品が、はるばる沖縄まで運ばれた背景には、何か重要な意味があったに違いありません。
浦添貝塚の時代以降、沖縄では市来式土器の形態や文様を模倣した伊波式土器や荻堂式土器が製作されます。
これらは平底と口縁部に文様が集中する特徴が市来式土器に共通しており、市来式土器が沖縄の土器にも
大きな影響を与えたことが読み取れます。
浦添貝塚出土の土器片(左)、ジュゴンの骨(中:上腕骨と肋骨)、サンゴ石製品(右)
浦添貝塚からは貝輪や骨輪、イノシシ牙製品、骨製品、貝製ビーズなど、さまざまな装飾品がみつかっています。
いずれも手間ひまをかけて製作されたもので、狩猟採集のくらしを送っていた4000年前の人々が、
このような装飾品を製作し、使用する「余裕」があったことがうかがえます。
浦添貝塚出土の骨貝製品
下の写真は変わった形の貝製品です。イモガイ(カバミナシ)を利用したもので、矢印部分は「成長障害輪」で、
何らかの要因で貝の成長が阻害された際に生じた溝状の構造です。浦添貝塚人は、このようなユニークな特徴のある
貝殻を選んで貝製品を製作していたということになります。
浦添貝塚出土のカバミナシ貝製品と成長障害輪(矢印部分)(左)とクロフモドキにみられる成長障害輪(右)

浦添貝塚出土のカバミナシ貝製品(裏面)
浦添貝塚の発掘については、当館紀要に詳細なレポートが掲載されていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。
新田 重清・比嘉 賀盛・島袋 春美・仲座 久宜「浦添貝塚-第一・二次発掘調査のまとめ-」『沖縄県立博物館紀要』 第31号 (2005年12月)
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【博物館のコレクション】浦添貝塚再訪1へ
主任学芸員 山崎真治