1. カサガイの観察 その2

カサガイの観察 その2

最終更新日:2010.08.27

図6 ありし日のBX

図6 ありし日のBX

図7 A24(ピンク)とA15(黄)

図7 A24(ピンク)とA15(黄)

図8 調査地の夜明け

図8 調査地の夜明け

図9 マークに使ったマニキュア

図9 マークに使ったマニキュア

■その2 行方不明
帰家行動を示すカサガイでは、上げ潮時完全に水没する前に家に帰りピッタリと張り付くという行動を示すものが多いのです。水中で隙を見せると、魚などの天敵に襲われてしまうためといわれています。この2週間見てきたコウダカカラマツたちも、みな水没前には家に戻っていました。ただ、1例以外は…。ある日、上げ潮時に他の個体が全て家に戻ったあとも「BX」という個体は移動を続けました。水没時刻が迫っているいますが、どんどん家から遠ざかって行きます。移動は早く、足取りに迷いは見えません。「どうする気だ?」と思ってみていると、ついに自分住む岩をこえて、突堤を構成する岩の一段上つまり別の世界にまで到達してしまいました。BXはそのまま水没し、その後消失しました。
おそらく、波に流され、捕食されて死んでしまったのだろうと思います。写真で青のマニキュアを塗られているのが、ありし日のBXです。それにしても、彼/彼女(雌雄同体なので)は何故突然自らの世界を飛び出したのでしょうか?私にはいまだに解らないでいます。貝の世界にも冒険家がいるのでしょうか?(図6 ありし日のBX)

■その3 家盗り合戦
ある日の夕方、波打ち際でA15の留守中にA24が家に侵入しました。A24はこの日極端に長距離移動し、普段と活動の様子が違っていました。もしかしたら新しい家を物色していたのかも知れません。やがてA15は戻ってきて、びっくり!(したかどうかは判りませんが…)そこには堂々と居座る他貝がいるではありませんか。さっそくA24を押し出そうとしますが、あいにくこの家は狭いくぼ地の中にあり、斜め上から押すような形となって、力がうまく相手を動かすような方向に伝わりません。体の大きさではA15のほうが侵入者のA24よりずっと大きいのですが、A24はビクともしません。A15は、結局あきらめてあちこち放浪し、この日は自分の家の近くの空き地で野宿しました。翌朝、A15が自分の家にいってみると、A24がまだ居座っています。侵入者が餌を食べに外出したら、A15は戻れるのですが…。A24もそれが解っているのか、昨日から一歩も外に出ず頑張ります。ここにいたってA15は自分も盗る!ことにしたようです。あちこち物色していると、ちょうどA19というものの家があいていました。A19の家に入ってしっかり張り付きました。A19は食事から戻って驚きましたが、後の祭りです。必死に押し出そうとしますがA15も梃子でも動きません。ここも窪地で、真横から相手を押すことが出来ない地形でした。この日は、押し合ったままの状態で水没しました。翌日、観察に行くとまだA15がしっかりA19の家に居座ってます。A24もA15の家に頑張っています。まるで、「フルーツバスケット」のような状況です。(図7 A15の家に居座るA24(ピンク)と近くで野宿するA15)

以上、印象に残った事件を擬人的な表現で報告しました。現実にはカサガイに感情はなさそうですから、遺伝的プログラムにしたがって生涯に残す子どもの数を最大にするよう行動しているのに過ぎないのかもしれません。しかし、私の目に映ったコウダカカラマツたちの活動は、極めて人間くさく感じられ、波乱万丈のドラマを見ているような気持ちにさせられました。調査期間中は、毎日10~16時間を調査区に張り付いて過ごしました。昼も夜も海岸の1点に座り込んでいる人物は、傍目には奇妙に写るでしょう。ある時、散歩中の方から話しかけられ「何してんの?」から始まって「役にも立たない貝を、なんで研究してるの?」と聞かれたことがあります。そのときは「面白いんですよ~」と答えましたが、もう少し丁寧に言うと「誰も行ったことのない世界に旅をして、生きものたちの本物のドラマが観られる。そんな気持ちの中、自分の人生などいろいろな事が考えられるから」ということになるでしょうか。

それにしても、たった2週間の34個体しかいない世界での出来事としては死亡1個体、行方不明1個体、家の簒奪2件は相当に激しい内容です。岩に張り付いてのんびり生きているように見える彼らの暮らしは実は相当に厳しい人生のようです。

博物館班長 濱口 寿夫

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