1. 落葉の山をつくった正体は?:その2

落葉の山をつくった正体は?:その2

最終更新日:2009.12.03

その夜、懐中電灯を片手に1時間あまり探しましたが、その動物はなかなか姿を現してくれません。しかし一度だけ、懐中電灯を向けるや否や、ほんの一瞬ミミズのようなものが「落葉の山」のなかに吸い込まれていくように見えました。その後もしばらく探したものの、その日は確証を得られぬままに終わりました。

当時、琉球大学生物学科の生態学研究室には、教官をはじめ、土壌動物の研究者がいました。調査の翌日研究室を訪れ、土壌動物に詳しい後輩のK君に「落葉の山をつくるようなミミズはいるかな?」とたずねると、「いるわけないでしょ!」と、私が非常識なことを言ったがごとく、真っ向から否定されてしまいました。その後、気になりながらも週末だけの限られた時間のなか、イモリの調査だけを続けて2年が過ぎた1988年4月、とうとうその正体を明らかにすることができました。

夕方小雨の降るなか、いつものようにイモリの姿を探しつつ、歩きながら何気なく「落葉の山」」の一つを軽く蹴飛ばしました。すると、明らかに大きなミミズが穴の中にするするっと引っ込んでいったのです。夕方とはいえその時の空はかなり暗く、小雨も降っていたことが幸いし、たまたまミミズも地上に出てきていたのでしょう。一瞬目にしたその姿は本州などにもいるシーボルトミミズのように背面が青みをおびた灰色で、少なくとも見た目では、大雨のあと、ヤンバルの山地林道ぞいの側溝などに落下していることもある大きなミミズでした(写真1)。しかし、ミミズがいったいどうやって大きな落葉や枝を集めることができるのでしょうか。特別にミミズについて勉強したことのなかった私には、それをイメージすることはできませんでした。

その夜、森のなかに入り懐中電灯をつけてしばらく探しましたがミミズの姿は見られません。懐中電灯の光に反応し、こちらが見つける前に素早く巣穴に引っ込んでいるのではないかと思い、懐中電灯を消してしばし待つことにしました。その夜は幸い満月で、夕方の雲もほとんどなくなっていたため、目が慣れてくると月の光がけっこう明るく、まわりの様子も十分に見ることができました。しばらくして目を凝らすと、地面に月の光を反射しながら動くものの姿がありました。それはまぎれもなくその大きなミミズでした(写真2)。まわりを見わたすと、いたるところにそのミミズたちが「落葉の山」から姿を現し、生々しく動いています。よく見ると、そのミミズは反転させた口(吻)で落葉をくわえて引きずりこんでいます。月夜の晩、森の中で一人ミミズたちに囲まれ、かれらの行動を見ながら興奮していた私の様子はさぞかし滑稽だったでしょう。それまでまったく興味のなかったミミズが、この日を境に私にとって特別な存在になったのはいうまでもありません。


ミミズがつくる「落葉の山」に対して、とりあえず、リターマウンド(litter mound)と名づけることにしました(リターパイルlitter pileとも考えましたが、マウンドのほうがぴったりではないでしょうか)。この行動が、実際にまだ知られていないのであれば大ヒットです。翌日琉球大学を訪れ、土壌動物が専門のA先生にたずねるとそういう事例は知らないということでした。そこで、その年のゴールデンウィークをすべて費やし、このミミズの基礎的なデータをとるとともに(写真3)、このミミズがつくったリターマウンドにほかの土壌動物たちの分布が集中するとの仮説を立て、層別サンプリングをおこないました。具体的には、①リターマウンドの葉・枝、②穴のなかにつめられている腐植(プラグ)、③リターマウンドの下の土壌、④リターマウンドにおおわれていない裸出している部分の土壌、に分けてどのような土壌動物がいるかを定量的に調べたのです。結果は予想通り。ほかの土壌動物はプラグやリターマウンド、リターマウンド下の土壌に集中していました。この結果は、リターマウンドがほかの土壌動物にとっては「島」のようなものであり、そのような環境をつくり出すこのミミズは、その森の土壌動物群集に大きな影響を与える存在(キーストン種)であることを示しています。

ヤンバルの林道やその側溝などで多くの人たちが目にしているこのミミズは、実は近年まで名前がついていませんでした。のっぺりとして、特徴が少ないミミズの分類はきわめて難しく、最近まで研究が遅れていたのです。2000年になって、ようやく「ヤンバルオオフトミミズPheretima yambaruensis」と名づけられました。

私はこのミミズの生き生きとした姿を観覧者の皆様に見ていただくため、2005年~2006年にかけて何度も現地に足を運び、赤外線カメラにその姿をおさめることができました(写真4~7)。当館の自然史部門展示室「亜熱帯林の生物群集:沖縄島北部の生物群集(夜)」のジオラマに設置したモニターでその様子をご覧いただけます。次にご来館の際は、ぜひ足をとめていただき、ミミズが自然のなかで果たしている役割を知っていただきたいと思います。

 
  • 写真1 ヤンバルオオフトミミズの全形

    写真1 ヤンバルオオフトミミズの全形

  • 写真2 リターマウンド(上)から出て、吻を反転させながら、落葉を探している様子

    写真2 リターマウンド(上)から出て、吻を反転させながら、落葉を探している様子

  • 写真3 巣穴の密度調査の様子

    写真3 巣穴の密度調査の様子

  • 	 写真4 左上側にあるリターマウンドから体の前半部分を伸ばして活動しているところ。縮むと20~30cmのミミズが、伸びると50cmほどにもなる。

    写真4 左上側にあるリターマウンドから体の前半部分を伸ばして活動しているところ。縮むと20~30cmのミミズが、伸びると50cmほどにもなる。

  • 写真5 反転させてとびだした吻をさかんに動かしながら落葉をさがしているところ

    写真5 反転させてとびだした吻をさかんに動かしながら落葉をさがしているところ

 
  • 写真6 落葉をくわえ、引っ張っているところ

    写真6 落葉をくわえ、引っ張っているところ

  • 写真7 落葉に吸いつき、引っ張っているところ

    写真7 落葉に吸いつき、引っ張っているところ


 

主任学芸員 田中 聡

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