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護佐丸の実態とは③―歴史上の人物をどのように明らかにしていくのか―

最終更新日:2026.07.13

(前回からの続き)

7.盛り上がった質疑応答の裏で

 6月博物館文化講座『護佐丸の城』では講演後に多くの方から質疑応答を賜り、大変盛り上がったのですが、一方で質問内容は中城グスク、座喜味グスク、与論グスクの発掘調査に絡んだ内容にほぼ限られていました。画像で見る発掘調査の成果はやはり迫力があると共に、普段見ることができない各グスクの姿に対して参加者の大半が目を奪われたものと思います。そのこともあって、グスクに見られる発掘調査成果を基にした質問に限られたものと思われます(写真1)。

写真1 6月博物館文化講座の様子

 しかし、企画側としては護佐丸に関連したグスクと言うことで、何か3カ所のグスクと護佐丸との関係を示すような質問があることを願っておりました。
 講座に参加された皆様のほぼ全員が一般の方々であったことから、こちらが意図している質疑応答は高望みであることは重々、承知していました。ただ正直なところ、護佐丸との関係について質疑応答の中で示されなかったことは一抹の寂しさを感じました。

8.2つの護佐丸像

 「今回の講座で護佐丸の話が聞けると思っていた。」
 これは今回の講座で参加者アンケートに記されたある方の感想になります。この感想を賜ったことにより、質疑応答の内容がなぜ発掘調査の内容に偏ったのかを解くための糸口になりました。
 歴史上の人物は例外無く、後世にてその人物像が脚色されていきます。その人物に対する同時代の記録が残っていない場合はなおさら、後世の人々が理想や希望を歴史上の人物へ投影するケースも見ることができます。護佐丸が生きた時代に琉球王国内の詳しい情勢を記した史料は皆無であることから、その時代の人々については伝承として語り継がれる他なく、数百年後の人々によって記録されていくことになります。
 先に触れましたが護佐丸・阿麻和利の乱について記載されるのは乱が勃発してから200年以上後のことになります(写真2)。それ以降、忠臣・護佐丸と言う人物評価が付与され、現在イメージされる護佐丸像に形作られていきました。おそらく、アンケートのコメントにあった「護佐丸の話」とは現在イメージされる護佐丸のことであり、まさしく英雄視されている護佐丸の話が講座で聞けるものと期待したかと思われます。

写真2 護佐丸・阿麻和利の乱関連のグスク

 それに反してこの講座では、同時代に機能していた護佐丸に深くかかわるグスクを見ることによって、後世に付与されたイメージとは異なる護佐丸の人物像が描き出されるのかをテーマにしていました。
 先のアンケートのコメントから英雄視されている護佐丸の姿から一度離れてリアルな護佐丸を見ていくという感覚を掴むことは、一般の方々にとってすぐには理解できないということを認識するに至りました。

9.護佐丸、その真の姿とは

 とはいっても当時の遺跡から護佐丸と言う人物を洗い出していくというのは中々難しいことではあります。が、今回の講座から当時の護佐丸の姿を少しだけ垣間見ることができました。
 それは高度な石積み技法が何れのグスクにも採用されているという点にあります。高度な石積み技術と言うのはより高く石材を組み上げていくことを意味しています。その技術の一端として裏込め石を面石の控え部分に充填させることや、面石を丁寧に加工して組み上げる、更に組織的な体制で構築しないと完成させられないほどの大規模な石積みの構築事業であったことが解ります(写真3)。

写真3 護佐丸が増築した中城グスク三之郭の石積み

 おそらく、護佐丸と言う人物は大人数の人々を動員できるだけの影響力があったこと、そして石積みを構築するための技術者を確保できる伝手があること、グスクの防御力を格段に向上させていることから軍備の重要性を認識していた人物であったことなどが推察されます。
 これらのことから護佐丸は15世紀中頃の琉球王国内、つまるところの第一尚氏王権下での存在感は屈指のものであったと思われます。よって、護佐丸の動向は第一尚氏にとって常に意識されていたことが窺われると共に、少しでも怪しい動きをすれば軍事的な介入も辞さないといった緊張感がおそらく当時において漂っていたとも捉えることができます。
 
※過去に本コラムにて護佐丸と第一尚氏との関係について取り扱っておりますので、ご興味のある方は下記URLからアクセスして下さい。
 2025.12.8 「第一尚氏王統の知れざる物語① ―逃亡した悲運の王子たち―」

http://okimu.jp/museum/column/1765179728/
 
 遺跡を通じて護佐丸と言う人物像が明らかになることで、より現実味のある姿が浮かび上がってくることが今回の講座から明らかになったかと思います。
 歴史を紐解いていく上では新たな成果を捉え、歴史の中でどのような意味を与えることができるかのといった作業がとても大事なことになってきます。と同時に、護佐丸の真の姿については、彼に関連する遺跡の新たな発掘調査成果が出され、そして彼に対する興味が尽きない限り、これからも議論が重ねられていくことでしょう。
                                   (おわり)

                                                

主任学芸員 山本正昭

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