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【フィールドワーク】多良間島の総合調査(人類分野)-その3-

最終更新日:2026.03.12

※2019年度から実施している多良間島の総合調査(人類分野)レポートの続きです。
【フィールドワーク】多良間島の総合調査(人類分野)-その1-
【フィールドワーク】多良間島の総合調査(人類分野)-その2-
もあわせてご覧ください。
 

⑤フタツガ-

フタツガ-は、島の西側の海岸に面した林の中に位置しています。
東西に二つの洞窟がつながっていることから、フタツガ-と呼ばれています。


フタツガ-の由来記が書かれた史跡の解説板。
この付近には15世紀末頃まで人々が居住していたムラがあったようです。

フタツガ-へのアプローチ
フタツガ-へのアプローチ。
崩落の危険があるため、今回は特別な許可を得て、
専門家の指導のもとに調査を実施しました。

フタツガ-の開口部のドリーネ
フタツガ-の開口部のドリーネ
東西方向に二つの洞窟(矢印)が続いています。

内部はかなり大規模で、奥まで続いています
内部はかなり大規模で、奥まで続いています。

洞窟は途中から水没しており、きれいな水がたまっていました
洞窟は途中から水没しており、きれいな水がたまっていました。
すこししょっぱいようです。

おっと、何か見つけたようですよ。
おっと、何か見つけたみたいですよ。

「皇宋通宝」
見つけたのは「皇宋通宝(こうそうつうほう)」という銅銭でした。
「寛永通宝」かと思いましたが、「皇宋通宝」という文字がみえますね。
「皇宋通宝」は中国の北宋第4代皇帝・仁宗の宝元・康定年間(1038~1040年)に鋳造されたもので、日本には渡来銭として大量に輸入され、平安後期から室町時代に広く流通しました。
沖縄ではグスク時代の遺跡から出土することが知られており、宮古島、多良間島の遺跡からも発見されています。

多良間村ふるさと民俗学習館展示の「皇宋通宝」
多良間島の土原(んたばる)ウガン遺跡でも、「皇宋通宝」が発見されています(多良間村ふるさと民俗学習館展示)。

地層断面
地層断面が観察できる場所がありました。
局所的に炭化物が集中しているようです(矢印部分)

陶器片(褐釉陶器)
試掘地点では陶器片(褐釉陶器)も見られました(矢印)

フタツガー近くの海辺
フタツガー近くの海辺にやってきました。

多良間島から見た石垣島
水平線の向こうに石垣島・平久保半島の山々が見えます。

軽石

大きな軽石が流れ着いていました。
2021年8月の福徳岡ノ場噴火で噴出した軽石でしょうか。

ハート岩
きれいな形のハート岩(海蝕洞)

 

⑥シュガーガー(塩川井)

シュガーガー(塩川井)は、集落東側にある「夢パティオたらま」向かいの林の中に位置する石灰岩洞窟で、
島の中でも最も古くから貴重な水源として利用されてきた場所です。
塩分濃度がやや高いため、「塩川井」と呼ぶそうです。

シュガーガーの開口部
シュガーガーの開口部

シュガーガー洞内の様子
シュガーガー洞内の様子

洞床に堆積した陶器片
洞床には、たくさんの割れた陶器片が堆積していました。
水汲みに使ったものでしょうか・・・?


洞窟の片隅を掘り下げて、堆積層の状況を調査します。

大きな土器のかけら
大きな土器のかけらが見つかりました!


断面にあらわれた堆積層
発掘区の堆積層の状況
50cmほど掘り下げると、岩だらけになって掘れなくなりました。
断面にあらわれた堆積層は、3枚くらいに区分できるようです(右写真)。
詳しく記録を作成します。

発掘された土器や陶磁器のかけら
発掘された土器や陶磁器のかけら
八重山諸島の中森式(八重山式土器)を中心に宮古諸島の宮古式土器、褐釉陶器、青磁などが見られます。
15~16世紀頃のものが多いようです。左側の土器片には小さな穴がふたつあいていますね。。。

 

番外 ミャーカ(ウプメーカ)の3D計測作業


ミャーカ(ウプメーカ)
最終日には、西暦1500年頃に多良間島を治めていた土原豊見親(んたばる とぅゆみゃ)の
お墓(ミャーカ/ウプメーカ)の3D計測作業も行いました。

案内板
土原豊見親のお墓の案内板

3D計測作業のようす(左上)と作成したデータ(左下・右)
3D計測作業のようす(左上)と作成したデータ(左下・右)
敷地の広い方(右図の上方)が土原豊見親のお墓、狭い方(右図の下方)が奥方のお墓だそうです。

おわりに


多良間島の総合調査、いかがだったでしょうか?
今回の調査では、多良間村内の6カ所の地点で掘削作業を実施しました。
その結果、コテ遺跡やシュフディガーでは、新たに断片的な人骨を確認することができました。人骨の帰属時期については、今後検討していく予定です。
また、フタツガーやシュガーガーでは、17世紀以前にさかのぼると考えられる中森式土器や陶磁器片を確認することができました。フタツガーでは銅銭(皇宋通宝)が発見され、弘治年間(15世紀末~16世紀はじめ)頃まで集落が営まれていたという伝承と関連する可能性が考えられます。
このほか、各地の洞穴内で津波堆積物と思われる砂質堆積物あるいは海砂を確認することができました。
先島諸島では、沖縄先島津波(2000年前)や明和津波(1771年)など、複数の津波の襲来が知られており、これらの堆積物も、そうした津波の作用によってもたらされた可能性が考えられます。
また、多良間村内の遺跡には、津波による削剥や再堆積の作用を強く被ったと考えられるものも認められ、今後の考古学・人類学的調査においては、そうした津波の影響評価も併せて実施していく必要がありそうです。
今回の調査にあたり、ご協力いただいた関係機関・関係各位に厚く御礼申し上げます。

今回の調査は特別な許可を得て実施しています。保安林や自然公園、遺跡において、許可無く現状を変更することは禁止されていますので、十分注意してください。
 

主任学芸員 山崎真治

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