はじめに
これまでに何度か沖縄本島並びに周辺離島に分布しているグスクの石積みについて当コラムの中で触れてきました。それは主に13世紀後半から15世紀にかけて劇的にグスクに見る石積み技法が変化していったこと、そしてその石積み技法が変化していった主な要因として、より高く石を積み上げていくためであったという内容になります。そこには当時の地域間における争いが頻発していたという背景があることはほぼ間違いありません(写真1)。
写真1 座喜味グスクの石積み
※グスクの石積みについては過去のコラムに触れておりますので、ご興味のある方は下記からアクセスしてください。
『必見!グスクの石積み➀』
http://okimu.jp/museum/column/1720577785/
1.集落の石積みが古いという幻想
現在、沖縄県内の集落に見る石積みは各宅地を囲む石牆としての役割があり、その主な目的としては宅地内への無断進入を阻むことやプライベート空間を保護するための目隠しになります。中には威厳を高めるために立派な石積みを築いている宅地もごく稀に見ることがあります(写真2)。
写真2 糸満市の喜屋武集落に見られる石積み
実際に今見ることができる集落内のこれら石積みは自然石を積み上げた野面積みを主体としており、その多くは規模が小さいことや乱雑に積み上げていることから、一見古そうに見えます。しかし、意外にも近代以降、または戦後に築かれた石積みである事例も多々見ることができます。実際に戦後直後に集落が米軍により更地にされた後に、復興された集落にて野面の石積みを新たに築いている事例も多く見ることができます。(写真3)
写真3 知名集落内に見られる戦後に構築された石積み
2.伝統的な集落景観の「虚」と「実」
沖縄の伝統的景観として、集落内に石積みが全体的に見ることができるような風景が良く挙げられていますが、果たしてそれは本当なのでしょうか。
実際に集落内において石積みはどの程度の範囲で使われていたのかについては、良く分かっていません。が、聞き取りでは間切番所、村番所といった公的建物や、元家といった集落発祥とする家、そして一部裕福な家が石積みを周囲に構えており、それ以外の家はフクギによる生垣の区画やチニブと呼ばれる琉球竹で編まれた竹垣で区画されていたと考えられます(写真4)。
写真4 与那国町の祖納集落に見られるフクギによる区画(上)と竹垣による区画(中)、今帰仁村の今泊集落のチニブによる区画(下)
それを示すように、沖縄本島内で発掘調査された近世段階の集落遺跡で確認されている中において全面的に石積みで囲まれた区画が窺える事例というのはほぼ皆無になります。また、区画を示す遺構についても、一部の集落遺跡で素掘り溝や低い土塁が認められていますが、それ以外にはとくに何も検出されていないことから、生垣や仮設の簡易な仕切りで宅地が区画されていたものと思われます。
3.石積みを持つ家、持たざる家
一方、例外として士族層が集住する首里城周辺や那覇では石積みによる区画が多く見られることが1700年頃に成立したとされる『首里古地図』や1800年代に描かれたとされている『首里那覇港図屏風』にて窺うことができます(写真5)。この中では各所に石積みが配置されている表記を見ることができることから、首里においては王都としての景観形成として、那覇においては交易の窓口としての景観形成を石積みは担っていたことが分かります。
これらから、石積みを家廻りに築くことができるのは士族層、集落の元家や富裕層そして集落内の公的な建物に限られると言えます。つまるところそれは集落内の9割以上が生垣やチニブといった仮設の簡易な仕切りでの家廻りであったとも言えます。
写真5 首里那覇港図屏風に見る首里城下の街並み(当館蔵)
4.石積み廻りが集落内で全域的に築かれるようになったのはいつか
それでは現在見られるように石積みが集落内の各所に築かれるようになった時期について考えていきたいと思います。
当たり前のことですが石積みを立ち上げる際には大量の石材を必要とします。そのため、石材を採掘する場所、いわゆる石切り場の存在を無視することができません。
沖縄県内における石切り場の多くは明治以降に切り出し作業が行われています。そのことから各地の集落内へ石材が供給されていくのは近代に入ってからであると言えます(写真6)。
写真6 野甫島に残る大正から昭和初めごろの石切り場跡
この時期に石材の切り出しが多くなっていったおおよその背景としては、日本本土から多くの石工具が新たにもたらされたことにあります。それに伴って新たな石材の割り取り方法と石材加工の技術が導入されたと考えられます。更に琉球王国が解体されたことにより士族層が没落していったことに伴って、士族層以外が石積みを家廻りに設けることへの遠慮が希薄になっていったことも考えられます。
それでは次回は集落に導入されている石積みについてさらに詳しく触れていきたいと思います。
(次回へ続く)
主任学芸員 山本正昭