最終更新日:2008.09.14
博物館自然史展示室には沖縄の代表的な森林の夏を再現した5つのジオラマがあります。自然の成り立ちを伝えることを主眼としたため、ヤンバルクイナやイリオモテヤマネコといったスターだけでなく、地味でも自然のなかで大切な役割を担っている分解者たちもキャストとして登場させるよう努めました。
西表島のジオラマでスポットライトを当てたのはシロアリです。シロアリは害虫として悪名が高いものの、自然のなかでは枯葉や枯死木などの分解者としてたいへんな働き者です。シロアリ類は熱帯に近づくほど種数が増え、沖縄県内でも沖縄島より南に位置する石垣島や西表島では種数も多く、密度も高くなります。実際に西表島の森を歩いてみると、樹幹に土を塗り固めたようなシロアリの蟻道(トンネル)をたやすく見つけることができます。特に目立つ、幅広くて赤っぽい蟻道はタイワンシロアリのもの、幅1cmほどのアーケード型をしたこげ茶色の蟻道はタカサゴシロアリのものです(写真1)。タカサゴシロアリの蟻道は、主に樹上に造られる直径数十センチをこえる巣につながっています。野外でこの巣を見つけるのはそう難しくありませんが、地中にあるタイワンシロアリの巣を見つけるのは至難のわざで、レプリカ型取り用の標本採集が難しいことが予想された一つでした。ただ、梅雨の時期には地中の巣から比較的大きなキノコが成長し、地上に姿を現します。それを見つけることができれば、自ずと巣を見つけることができるのです。しかし、このオオシロアリタケというキノコがいつ姿を現すのかを予想するのは難しく、調査のタイミングをはかるのは容易ではありません(なにしろ、地上に姿を現してから1日で枯れてしまうのです)。そこで1年以上前から地元の人たちからさまざまな情報を収集し、2005年の梅雨の頃、4泊5日の調査日程を組み、西表島へ渡りました。
島に着いてすぐに西表ワイルドライフセンターの松本さんや西表熱帯林育種技術園の職員の方に前年オオシロアリタケが見られたという場所を案内されましたが、その周辺をふくめて、キノコはまったく見あたりません。翌日も、同じ結果。いくつもの場所でもゲリラ的に探しましたが、それらしいキノコの姿は見つかりませんでした。そこで、同行した展示製作会社のIさんに「ここはひとつ、攻めの姿勢でやろう!」と呼びかけ、借りてきたバケツに水を汲み、昨年キノコが発生したという場所にまいてみました。このキノコが梅雨の時期に発生するということは、雨が発生の引き金になっているにちがいないとの読みでした。しかし、期待に胸を膨らませたものの翌日の朝も地面には何の変化もなし。昼間は再びゲリラ的に林内を探しまわり、夕方はまた水をまきました。松本さんの自宅前で「今回は無理かなあ」などと話していた3日目の昼前、携帯電話が鳴りました。情報提供をお願いしていた現地の方からの朗報でした。前日から合流していたレプリカ製作会社のNさんたちともども、すぐに現地へ向かいました。見ると、立派なキノコが数十本(写真2)。撮影をしながら掘り進め、レプリカの型取りをするキノコ数本と巣の中につくられた菌園(タイワンシロアリの不消化排泄物、つまり、ウンチの塊でできています。このシロアリは餌とする植物の枯葉や枯れ木の主成分であるセルロースという炭水化物を自分で十分消化できません。そこで、かれらは「菌園」で菌糸を栽培し、菌糸によって分解が進んだ部分を餌とします。タイワンシロアリはオオシロアリタケやその菌糸が生育できる場所や栄養源を提供し、菌糸はタイワンシロアリに餌を提供します。かれらは生物の共生も教えてくれるすばらしいキャストなのです)の一部を確保!残りの20本ほども「収穫」しました。実はこのキノコは食用になるのです。その日の夜、「収穫品」を持って松本さんのお宅にお邪魔し、さっそくソテーにしてもらいました。オオシロアリタケは、まず市場に出ることのないまさに珍品。地球上のすべての食材を口にしたいと願っている私もこれまで食べたことがありませんでした。その夜は島酒を傍らに、シロアリと菌類のコラボレーション、オオシロアリタケの歯ごたえを楽しみながら、ほっとしたひとときを過ごしました。
松本さん夫妻をはじめ協力していただいた西表島の皆さん、いろいろとありがとうございました。
主任学芸員 田中 聡