天神降下と泊屋の由来(共通語)

概要

こっちの島仲の部落では泊(とまり)という家を公民館が借りてお祭があるんだけど、なぜこの泊という家で、お祭しないといけないかといろいろ聞いてみたら、元々こちらのこの泊という家がね、与那国で一番古いお家(うち)であるわけさ。その泊(とまり)という家の西側に空き屋敷は、昔は、太陽も見えないくらい大きい梯梧(でいご)の木とか、ジャングルような大きい木など生えていたみたいで、その屋敷に妊婦の方が、天から降りてきたから、天人が降りてきた場所と言って、こちらに拝む所があるわけさ。その屋敷の西側の道路は、あんまりカーブが急なので、ちょっと向こうから切ってこれを向こう側に道を広げようということになったら、そのカーブになっている所の木の生えてる所に、ニーバイという拝む所があるわけさ。だから、そこの地主の人は全部那覇に移って行っているから、那覇にいるそこの屋敷の人に聞いたら、「そこは、もう昔から拝んできてるものだから、自分達は動かされんから、道を作るんだったら県がこれ動かして作ってください。」と言うから、工事をしようと測量はしたが、そこにの拝んでる所があるもんだから、県の職員も、「ああ、これは怖い。万が一祟りがあったら大変だ。」と怖がって、誰もそこに手つける人がいないわけさ。だからこの道は、今もそのままになってるわけ。
 なぜ、そこをなぜ怖くするかって言ったら、この屋敷のニーバイというところに昔、羽衣を着た妊娠した女の方が降りられてきて、まず竹本という家に行って、「一晩宿を貸してくれ。」と言って頼んだが、だけど、向こうの竹本の家の方は、「自分は泊めることできないから、東のお家の方にお願いしてもらったらどうか。」と言うから、東側の泊というお家にこの方が入っているわけさ。だからこの女の人が泊まったので、その家に、泊という名前をこの家に授けてあるということで、その家は泊という名前がは付けられているようになってるんですね。そこの家は、ブロック塀が屋敷の周りに四角に囲む積んであるんだけど、その天から降りてきた女の人が通った道の所だけは全部塞がないで、「ここは天の人が通った所だ。」と言って、人が通れるように開けてあるわけさ。昔は、牛の耳やいろんな道具に全部判と言って印をつけるんだけど、この泊屋は、牛にも道具にも全部三日月型の判を付けられていたよ。この与那国の祭というのはね、カレンダーで日取りを取って、久部良、比川、島仲、西の順番でその泊の家で毎年二五日間の祭りをどんどんやっていくわけさ。昔から祭りをやる二五日間は、この島では牛や豚などの血の出るものの屠殺というのは全然やらないわけさ。ところがある年に、久部良や祖納、比川なんかの公民館長がいらっしゃって、この方々が日取り取って、持って来たわけさね。「二五日間といったらあまり長すぎるから、一三日間にしよう。」と言って、一三日間にしたら、これを中心になって言いだした人は、急に亡くなれるし、また、この館長しておられた方はもう変になって大変なことになった。だからそれを島の人は、全部見てるもんだから、「この祭は、こんなにやるもんじゃないな。」と言って怖がって、後でまた元の二五日間に戻してるわけさね。

再生時間:12:44

民話詳細DATA

レコード番号 47O341975
CD番号 47O34C144
決定題名 天神降下と泊屋の由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 竹西一雄
話者名かな たけにしかずお
生年月日 19261011
性別
出身地 不明
記録日 19970910
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那国町比川 T17 A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 島仲,泊,とまり,お祭,与那国,妊婦,天人,降りてきた,拝む,ニーバイ,羽衣,竹本,牛の耳,判,三日月型,二五日間,血
梗概(こうがい) こっちの島仲の部落では泊(とまり)という家を公民館が借りてお祭があるんだけど、なぜこの泊という家で、お祭しないといけないかといろいろ聞いてみたら、元々こちらのこの泊という家がね、与那国で一番古いお家(うち)であるわけさ。その泊(とまり)という家の西側に空き屋敷は、昔は、太陽も見えないくらい大きい梯梧(でいご)の木とか、ジャングルような大きい木など生えていたみたいで、その屋敷に妊婦の方が、天から降りてきたから、天人が降りてきた場所と言って、こちらに拝む所があるわけさ。その屋敷の西側の道路は、あんまりカーブが急なので、ちょっと向こうから切ってこれを向こう側に道を広げようということになったら、そのカーブになっている所の木の生えてる所に、ニーバイという拝む所があるわけさ。だから、そこの地主の人は全部那覇に移って行っているから、那覇にいるそこの屋敷の人に聞いたら、「そこは、もう昔から拝んできてるものだから、自分達は動かされんから、道を作るんだったら県がこれ動かして作ってください。」と言うから、工事をしようと測量はしたが、そこにの拝んでる所があるもんだから、県の職員も、「ああ、これは怖い。万が一祟りがあったら大変だ。」と怖がって、誰もそこに手つける人がいないわけさ。だからこの道は、今もそのままになってるわけ。  なぜ、そこをなぜ怖くするかって言ったら、この屋敷のニーバイというところに昔、羽衣を着た妊娠した女の方が降りられてきて、まず竹本という家に行って、「一晩宿を貸してくれ。」と言って頼んだが、だけど、向こうの竹本の家の方は、「自分は泊めることできないから、東のお家の方にお願いしてもらったらどうか。」と言うから、東側の泊というお家にこの方が入っているわけさ。だからこの女の人が泊まったので、その家に、泊という名前をこの家に授けてあるということで、その家は泊という名前がは付けられているようになってるんですね。そこの家は、ブロック塀が屋敷の周りに四角に囲む積んであるんだけど、その天から降りてきた女の人が通った道の所だけは全部塞がないで、「ここは天の人が通った所だ。」と言って、人が通れるように開けてあるわけさ。昔は、牛の耳やいろんな道具に全部判と言って印をつけるんだけど、この泊屋は、牛にも道具にも全部三日月型の判を付けられていたよ。この与那国の祭というのはね、カレンダーで日取りを取って、久部良、比川、島仲、西の順番でその泊の家で毎年二五日間の祭りをどんどんやっていくわけさ。昔から祭りをやる二五日間は、この島では牛や豚などの血の出るものの屠殺というのは全然やらないわけさ。ところがある年に、久部良や祖納、比川なんかの公民館長がいらっしゃって、この方々が日取り取って、持って来たわけさね。「二五日間といったらあまり長すぎるから、一三日間にしよう。」と言って、一三日間にしたら、これを中心になって言いだした人は、急に亡くなれるし、また、この館長しておられた方はもう変になって大変なことになった。だからそれを島の人は、全部見てるもんだから、「この祭は、こんなにやるもんじゃないな。」と言って怖がって、後でまた元の二五日間に戻してるわけさね。
全体の記録時間数 12:44
物語の時間数 12:44
言語識別 共通語
音源の質 ◯(雑音あり)
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP