
私ども若い子どもの頃から与那国島っていうのは女護が島って言って、船でやってくる人にたくさん草履を並べて、向こうから来た人が選んで履いた人の島内妻になるという話を聞いて、この島の昔の女の先輩なんかっていうのは、そんなに悪かったのかなと思ってしゃくにさわっていたわけ。だけど、結局草履を並べたっていうのは、とにかく考えて見ると、この島はこんな絶海の孤島で、自分でも幼い頃っていいますか、若いころは、なんでもうここで生まれたか泣いて大きくなったものですから、昔の人もなんかこう船が入るってことは、新しい文化が入ってくるから、なんか、新しい空気が入ってくるような思いがあったと思うんです。その文化の入ることも楽しいし、一方には殿様の賄い女となれば結局は上納納めんでもよかったっていうような話があるんで、私もあの頃いたらたぶん並べたかもしれないよなんて思いましたよ。そのころは石垣行きの船は風任せのときだから、島の女の人も船の無事を祈っていたっていうんです。そんなことを思っていたら、私がパーマ屋に行ったときも、おじちゃんが、「今も与那国は女護が島って言う人がいるよ。しゃくさわってきた。」と言うから、「ああ、サンアイイソバアブが島を守ったから、女の守る島と書いて女護が島っていうんだから、しゃくにさわりなさんな。」と言ったよ。だから、女護が島とかいうのは当て字ですよ。しばらくしてみるとこれはサンアイイソバが守ったから、女の護る島、女護が島なんだと思っちゃった。また、八重山の人の中には、この島をドナンと言うのは、八重山から来るとき台風で海が荒れた時なんかはいちばん合う文字で、渡るに難儀だから、渡難(どなん)なんだと言う人もいますが、これも冗談じゃないです。だから、島の人たちは八重山の人をものすごく憎んでいた。
| レコード番号 | 47O341942 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C142 |
| 決定題名 | 女護が島(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 池間苗 |
| 話者名かな | いけまなえ |
| 生年月日 | 19191217 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡与那国町祖納 |
| 記録日 | 19970911 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 与那国町祖納 T14 B05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20,30,80 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 与那国島,女護が島,船,草履,島内妻,サンアイイソバアブ,ドナン,渡難,八重山 |
| 梗概(こうがい) | 私ども若い子どもの頃から与那国島っていうのは女護が島って言って、船でやってくる人にたくさん草履を並べて、向こうから来た人が選んで履いた人の島内妻になるという話を聞いて、この島の昔の女の先輩なんかっていうのは、そんなに悪かったのかなと思ってしゃくにさわっていたわけ。だけど、結局草履を並べたっていうのは、とにかく考えて見ると、この島はこんな絶海の孤島で、自分でも幼い頃っていいますか、若いころは、なんでもうここで生まれたか泣いて大きくなったものですから、昔の人もなんかこう船が入るってことは、新しい文化が入ってくるから、なんか、新しい空気が入ってくるような思いがあったと思うんです。その文化の入ることも楽しいし、一方には殿様の賄い女となれば結局は上納納めんでもよかったっていうような話があるんで、私もあの頃いたらたぶん並べたかもしれないよなんて思いましたよ。そのころは石垣行きの船は風任せのときだから、島の女の人も船の無事を祈っていたっていうんです。そんなことを思っていたら、私がパーマ屋に行ったときも、おじちゃんが、「今も与那国は女護が島って言う人がいるよ。しゃくさわってきた。」と言うから、「ああ、サンアイイソバアブが島を守ったから、女の守る島と書いて女護が島っていうんだから、しゃくにさわりなさんな。」と言ったよ。だから、女護が島とかいうのは当て字ですよ。しばらくしてみるとこれはサンアイイソバが守ったから、女の護る島、女護が島なんだと思っちゃった。また、八重山の人の中には、この島をドナンと言うのは、八重山から来るとき台風で海が荒れた時なんかはいちばん合う文字で、渡るに難儀だから、渡難(どなん)なんだと言う人もいますが、これも冗談じゃないです。だから、島の人たちは八重山の人をものすごく憎んでいた。 |
| 全体の記録時間数 | 4:16 |
| 物語の時間数 | 4:16 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◯(雑音あり) |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |