土原豊見親(共通語)

概要

昔、多良間では塩川村を波利間大殿が、仲筋村をヌタバル豊見親が統治していた。だが二人は互いに村を奪い合い戦う羽目になった。戦う日を忘れていたヌタバル豊見親は苦戦し、水納に住む叔父の水納ベーユヌス(世の主の意)に相談した。水納ベーユヌスは網を繕っていて、その小刀を持って行けという。ヌタバル豊見親がどうしてそんなもので戦えるかと言うと、「それなら鶏をたくさん集め、それに投げてみよ」と言う。豊見親が言われた通りにすると、何十羽もの鶏がたちまちにして死んだ。これなら大丈夫と小刀一つを持ち帰り、敵勢をやっつけた。残った大殿一人を縛り、4俵の粟俵を肩に乗せ、その上に自分が座り、村中を回った後、殺した。そうして二つの部落を一つに統一した。

再生時間:4:51

民話詳細DATA

レコード番号 47O234361
CD番号 47O23C226
決定題名 土原豊見親(共通語)
話者がつけた題名
話者名 渡久山春令
話者名かな とくやましゅんれい
生年月日 19020104
性別
出身地 多良間村字塩川 
記録日 19780807
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 多良間T14A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 多良間村の民話P260
キーワード 多良間,塩川村,波利間大殿,仲筋村,ヌタバル豊見親,村を奪い合い,水納に住む叔父,水納ベーユヌス,小刀,鶏,敵勢,4俵の粟俵を肩に乗せ、その上に自分が座り、村中を回った後、殺した。そうして二つの部落を一つに統一した。
梗概(こうがい) 昔、多良間では塩川村を波利間大殿が、仲筋村をヌタバル豊見親が統治していた。だが二人は互いに村を奪い合い戦う羽目になった。戦う日を忘れていたヌタバル豊見親は苦戦し、水納に住む叔父の水納ベーユヌス(世の主の意)に相談した。水納ベーユヌスは網を繕っていて、その小刀を持って行けという。ヌタバル豊見親がどうしてそんなもので戦えるかと言うと、「それなら鶏をたくさん集め、それに投げてみよ」と言う。豊見親が言われた通りにすると、何十羽もの鶏がたちまちにして死んだ。これなら大丈夫と小刀一つを持ち帰り、敵勢をやっつけた。残った大殿一人を縛り、4俵の粟俵を肩に乗せ、その上に自分が座り、村中を回った後、殺した。そうして二つの部落を一つに統一した。
全体の記録時間数 4:51
物語の時間数 4:51
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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