ことわざ(共通語)

概要

何時までもあると思うな親と金 ないと思うな幸不幸 人間は誰しも毎日の幸せを願うが、どの家庭にも予期せぬ不幸はやってくるという意味。それと似た沖縄の諺にシネーシングヮンというのがある。不幸にして誰かが死ぬと、赤飯を炊き、牛や豚を殺して葬式にクル人々の接待や御馳走に当てた。金のかかる葬式であったことを表す言葉。昔は、一日働いて一厘の金しかもらえなかったので、単純計算で二万日分の稼ぎが葬式代にいくことになる。それで一度不孝にあえば、家庭生活にひびが入る。それを防ぐ為、近所の人々が物や金を出し合うようになった。それと関連するが、六○○一七○○年前には食葬の風習があったという。当時、身近な親戚はマシシエーカといい、赤肉はその人達が食べた。それにたいし、プトゥプトゥーエーといい、脂肪の方を食べる親戚もいた。

再生時間:7:20

民話詳細DATA

レコード番号 47O411548
CD番号 47O37C057
決定題名 ことわざ(共通語)
話者がつけた題名
話者名 平安座蒲安
話者名かな へんざかまやす
生年月日 19100702
性別
出身地 与那城村屋慶名
記録日 19870301
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那城村T29B07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 52
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 何時までもあると思うな親と金,ないと思うな幸不幸,シネーシングヮン
梗概(こうがい) 何時までもあると思うな親と金 ないと思うな幸不幸 人間は誰しも毎日の幸せを願うが、どの家庭にも予期せぬ不幸はやってくるという意味。それと似た沖縄の諺にシネーシングヮンというのがある。不幸にして誰かが死ぬと、赤飯を炊き、牛や豚を殺して葬式にクル人々の接待や御馳走に当てた。金のかかる葬式であったことを表す言葉。昔は、一日働いて一厘の金しかもらえなかったので、単純計算で二万日分の稼ぎが葬式代にいくことになる。それで一度不孝にあえば、家庭生活にひびが入る。それを防ぐ為、近所の人々が物や金を出し合うようになった。それと関連するが、六○○一七○○年前には食葬の風習があったという。当時、身近な親戚はマシシエーカといい、赤肉はその人達が食べた。それにたいし、プトゥプトゥーエーといい、脂肪の方を食べる親戚もいた。
全体の記録時間数 7:36
物語の時間数 7:20
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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