阿麻和利(共通語)

概要

阿麻和利は体が弱かったそうだ。十四、五、六まで体が弱くて、家族からも一門からも信用がなくてね。見放されて、沖縄中の海岸づたいを回って洞穴(がま)生活をしていたって。腹がへったときには海のものを食べてしのいでいたそうだ。ある日、阿麻和利は、疲れて仰向(あおむ)けになって寝ているときに、シェーグヮーとかいろんな虫がクモにかかって、クモに食べられているを見て、「ああ、自分は人間としてあまりに情けない。この虫さえも網を作って食べ物を取って食うが、私はバカだ。」と、それからは本気を出してね。クモの巣から考えて網を作った。そして、与那原(よなばる)方面、中城(なかぐすく)方面の海で魚を取って、取った魚は売らないで、百姓に分配して食べさせたらしい。中城の下から勝連(かっちん)半島、南風原(はえばる)のところまでね。そうしてもう何ヵ年もそういうふうに御馳走になっているから、農家としてはありがたく思ってね。この人が殿様になって沖縄を支配したら、農家の暮らしも良くなると尊敬していた。それからあと、阿麻和利は首里城に行って、「中城護佐丸(ごさまる)が首里に謀叛(むほん)を起こしています。首里城の旗を貸して下さい。私が征伐(せいばつ)いたします。」と言ったら、王様は、「護佐丸は首里城の一番中心になってる人だ。あの人がそんなことはしない。」と言って、旗を貸さないわけ。「それではそれを証明しますから、首里から二、三名の家来を送って中城を視察させて下さい。」そうしたらね、首里から四名の武士が中城に行ったときに、阿麻和利は自分の陰謀(いんぼう)を屋慶名(やけな)アカーという人に打ち明けた。「じゃあ、そういうふうにやろう。」と相談して、この首里から来た四名の武士のうちの二人は、屋慶名アカーが殺したそうだ。生き残りの二人には軽い怪我(けが)をさせて、「あなたがた二人は、私が言うとおりに首里の王様に伝言したら、私たちが天下をとったときには何かの役に就かせるが、言われたとおりやらんと殺す。」と言ったので、二人は阿麻和利から言われたとおりのことを王様に伝言した。王様はこのときは納得して、首里城の旗を阿麻和利に貸したそうだ。旗を借りてきた阿麻和利は、中城から与勝半島までの海岸側(ばら)の民家に、「戦争は手伝わなくてもいいから、いつからいつまでの間、松明(たいまつ)を作って、中城の浜に向かって歩いてくれ。」と言ったらしい。ちょうどそのとき、中城は八月十五夜と言って、武士も一門もみんな集まって、月見会を盛大にやって酔っぱらっていた。中城の家来が、「阿麻和利が戦争にやってくる。」と言ったから、「そんなことはないだろう。」と言って見たらもう松明がいっぱい向かってきた。これは沢山の兵隊がくると言ってびっくりしているときに、中城の家来の者を出して視察させたら、旗が揚(あ)がっていた。急いで護佐丸に伝言したら、 「旗はどこのが揚(あ)がっておるか。」と。「首里城の旗らしい。」と言ったら護佐丸はびっくりして、首里城の旗に対して戦(いくさ)をしたら大変だと言って、あきらめておったらしい。護佐丸は、「死のう。首里城の旗だったら、手向かうことはない。」と言って、切腹したって。それから、護佐丸の二、三歳なる子供は、チーアンマー(乳母)をつけて、島尻のクニシメーというところに行って、クニシヌヤーという人が逃がすんだ。そらからあと、阿麻和利の陰謀が首里城にも知れて、阿麻和利は首里城の家来から追われた。が、阿麻和利は魔術が上手で、女に化けたり男に化けたりしていたので、首里城から追いかけられたときには女に化けて逃げた。が、男には喉ぼとけがあるので、いくら阿麻和利が女に化けても、喉ぼとけでばれてしまって、最後は首里の家来に殺されてしまったわけさ。

再生時間:7:20

民話詳細DATA

レコード番号 47O411358
CD番号 47O37C047
決定題名 阿麻和利(共通語)
話者がつけた題名
話者名 森根治昌
話者名かな もりねじしょう
生年月日 19100910
性別
出身地 与那城村屋慶名
記録日 19861214
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那城村T20A08
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 よなぐすくの民話P336
キーワード 阿麻和利,体が弱い,クモ,網,与那原,中城,海で魚,勝連半島,南風原,首里城,中城護佐丸,謀叛,陰謀,屋慶名アカー,松明,八月十五夜,月見会,戦,切腹,
梗概(こうがい) 阿麻和利は体が弱かったそうだ。十四、五、六まで体が弱くて、家族からも一門からも信用がなくてね。見放されて、沖縄中の海岸づたいを回って洞穴(がま)生活をしていたって。腹がへったときには海のものを食べてしのいでいたそうだ。ある日、阿麻和利は、疲れて仰向(あおむ)けになって寝ているときに、シェーグヮーとかいろんな虫がクモにかかって、クモに食べられているを見て、「ああ、自分は人間としてあまりに情けない。この虫さえも網を作って食べ物を取って食うが、私はバカだ。」と、それからは本気を出してね。クモの巣から考えて網を作った。そして、与那原(よなばる)方面、中城(なかぐすく)方面の海で魚を取って、取った魚は売らないで、百姓に分配して食べさせたらしい。中城の下から勝連(かっちん)半島、南風原(はえばる)のところまでね。そうしてもう何ヵ年もそういうふうに御馳走になっているから、農家としてはありがたく思ってね。この人が殿様になって沖縄を支配したら、農家の暮らしも良くなると尊敬していた。それからあと、阿麻和利は首里城に行って、「中城護佐丸(ごさまる)が首里に謀叛(むほん)を起こしています。首里城の旗を貸して下さい。私が征伐(せいばつ)いたします。」と言ったら、王様は、「護佐丸は首里城の一番中心になってる人だ。あの人がそんなことはしない。」と言って、旗を貸さないわけ。「それではそれを証明しますから、首里から二、三名の家来を送って中城を視察させて下さい。」そうしたらね、首里から四名の武士が中城に行ったときに、阿麻和利は自分の陰謀(いんぼう)を屋慶名(やけな)アカーという人に打ち明けた。「じゃあ、そういうふうにやろう。」と相談して、この首里から来た四名の武士のうちの二人は、屋慶名アカーが殺したそうだ。生き残りの二人には軽い怪我(けが)をさせて、「あなたがた二人は、私が言うとおりに首里の王様に伝言したら、私たちが天下をとったときには何かの役に就かせるが、言われたとおりやらんと殺す。」と言ったので、二人は阿麻和利から言われたとおりのことを王様に伝言した。王様はこのときは納得して、首里城の旗を阿麻和利に貸したそうだ。旗を借りてきた阿麻和利は、中城から与勝半島までの海岸側(ばら)の民家に、「戦争は手伝わなくてもいいから、いつからいつまでの間、松明(たいまつ)を作って、中城の浜に向かって歩いてくれ。」と言ったらしい。ちょうどそのとき、中城は八月十五夜と言って、武士も一門もみんな集まって、月見会を盛大にやって酔っぱらっていた。中城の家来が、「阿麻和利が戦争にやってくる。」と言ったから、「そんなことはないだろう。」と言って見たらもう松明がいっぱい向かってきた。これは沢山の兵隊がくると言ってびっくりしているときに、中城の家来の者を出して視察させたら、旗が揚(あ)がっていた。急いで護佐丸に伝言したら、 「旗はどこのが揚(あ)がっておるか。」と。「首里城の旗らしい。」と言ったら護佐丸はびっくりして、首里城の旗に対して戦(いくさ)をしたら大変だと言って、あきらめておったらしい。護佐丸は、「死のう。首里城の旗だったら、手向かうことはない。」と言って、切腹したって。それから、護佐丸の二、三歳なる子供は、チーアンマー(乳母)をつけて、島尻のクニシメーというところに行って、クニシヌヤーという人が逃がすんだ。そらからあと、阿麻和利の陰謀が首里城にも知れて、阿麻和利は首里城の家来から追われた。が、阿麻和利は魔術が上手で、女に化けたり男に化けたりしていたので、首里城から追いかけられたときには女に化けて逃げた。が、男には喉ぼとけがあるので、いくら阿麻和利が女に化けても、喉ぼとけでばれてしまって、最後は首里の家来に殺されてしまったわけさ。
全体の記録時間数 7:26
物語の時間数 7:20
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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