照間の始まり(共通語)

概要

昔は照間は字西原で、学校も与勝尋常高等小学校と言って、六年までは勝連の平安名に行っておった。平安名からそのあとに与那城村に分離してね。人口が少なかったもんですから、ぼくらのお爺さんが区長やっているときに喧嘩が起きたわけです。それは、話を聞けば、税金のことでもつれて、西原の方が税金が少なくて、照間の方にかぶせたわけ。それで喧嘩になって、照間の人達は赤の鉢巻きやって、西原までおしかけて行ったわけですよ。怪我人は出なかったんですが、それからは税金も安くなってね。それで分離しなくっちゃあいかんと思って、字照間にしてくれと願って、あとに字照間になったわけです。問答の中身はあんまりわかりませんがね、その話は私のお祖父さんから聞いておった。

再生時間:5:50

民話詳細DATA

レコード番号 47O410753
CD番号 47O41C024
決定題名 照間の始まり(共通語)
話者がつけた題名
話者名 稲福政敬
話者名かな いなふくせいけい
生年月日 19070205
性別
出身地 与那城村照間
記録日 19861125
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那城村T01A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 照間は字西原,与勝尋常高等小学校,税金,赤の鉢巻き
梗概(こうがい) 昔は照間は字西原で、学校も与勝尋常高等小学校と言って、六年までは勝連の平安名に行っておった。平安名からそのあとに与那城村に分離してね。人口が少なかったもんですから、ぼくらのお爺さんが区長やっているときに喧嘩が起きたわけです。それは、話を聞けば、税金のことでもつれて、西原の方が税金が少なくて、照間の方にかぶせたわけ。それで喧嘩になって、照間の人達は赤の鉢巻きやって、西原までおしかけて行ったわけですよ。怪我人は出なかったんですが、それからは税金も安くなってね。それで分離しなくっちゃあいかんと思って、字照間にしてくれと願って、あとに字照間になったわけです。問答の中身はあんまりわかりませんがね、その話は私のお祖父さんから聞いておった。
全体の記録時間数 6:24
物語の時間数 5:50
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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