
普天間グディーという人は大変別嬪(べっぴん)で、あの人は神であったと思います。夫を持たないで、家でいつも苧(うー)を結んでいたそうです。昔は油売(あんだう)やぁが、つけ油を肩に担いで売り歩いていました。あるとき、普天間グジーがとてもきれいという噂を聞いた油売やぁは、「人間に生まれた値うちがあるなら、いつか普天間グジーという方を見てみたい。」と思った。けれど、普天間グディーの家の回りを回っても、蚊帳の中におるからなかなか見えなかったそうです。あとは、その家の子供が庭で遊んでいたので、「あなたがたのおばさんは家にいるか。」と聞いた。「はい、おります。」「どこにおるか。」 「あの蚊帳の中で、芭蕉をつないでおります。」と、子供は言ったそうです。油売やぁが、「あなたにお金をあげるから、その池のこっちをつかまえて、パタパタパターして泣きなさいなぁ。嘘でも泣きなさいなぁ。そうして、おばさんをそこに出しなさいよ。そうしたら私がまた沢山お金をあげるから。御馳走もあげるから。」と言ったから、子供は、「はい。」と言ってから、言われたとおりにしたそうです。子供が泣いたので、ウーをつないでいた普天間グジーは子供が池に落ちておると言って、驚いて庭に出たそうです。油売やぁは石垣に隠れていたが、普天間グジーが子供を池から引きだすときに飛び出してきて、「ああ今日は普天間グジーを見た。普天間グジーを見た。」と言った。普天間グジィーは、「私はもう人に見られてしまった。ここで生きることはできないから、逃げよう。」と言って、自分の兄弟や親に教えるために、その芭蕉のふだをつかまえて家を出て言った。それは普天間の洞窟(ガマ)まで続いていたそうです。親兄弟は、二、三日も一週間もどこへ行ったかと、心配しておびえたそうです。ウーのバーキを見たら、普天間グジーがあんなに沢山結んであるウーが少し残って、外へ続いていた。親兄弟がそのウーを追って行ったら、普天間松の上に続き、しだいしだいにあの松この松を回 チて、しまいには普天間神宮の洞窟に着いておった。親兄弟は、「どうしてここちに入ったのか。」と呼んだ。呼んだけど、返事もしない。「どうしてあんたはそこに入ってるか。出て来なさい。」と言っても出なかったから、翌日、母親が櫛箱(くしばこ)を持ってきて言ったそうです。「あんたはそこに隠れておって、髪はどうなるか。櫛箱を持ってきてるから出て来なさい。」そう言っても出てこなかったので、「出れないなら、そこに置いておくよ。」と言って置いた。そしたら、普天間グジーの姿は見えないけど、櫛箱はジリリーして洞窟の中に入って行ったそうです。それで、この人は普通の人間ではない、神であったと言って、そのときから、普天間の洞窟(ガマ)をしょっちゅう拝んでいるそうです。一人でどこかへ行くときも、また外国に行くときにも、そこを拝みます。この戦(いくさ)が始まっても、そこを拝みましたよ。そうしてまた、昔、三ヵ月か、五ヵ月、内地に勤めに行く人が、入口に太刀(たち)を立ててから普天間権現を拝んだ。ところが、那覇港を出て船に乗ってから太刀を立てたことを思い出した。「私はそこに太刀を忘れてしまって、どうするかなぁ。」と思ったけど、船は出てしまってしかたないから、ちょうど船が普天間の正面まで来たときに手を合わせて、「普天間権現の神様があるならば、私が勤めてくる間、太刀を預かって下さい。お願いします。」と言って、お願いした。そしたら、この人が内地に行っている間、ほかの人が拝みに行ったら、その太刀がアカマターになったそうです。それで、あの太刀は神であるから手をかけてはいけない、さわっていけないといわれて、誰も盗む人はいなかったそうですよ。
| レコード番号 | 47O410315 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C001 |
| 決定題名 | 普天間権現(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 喜友名トシ |
| 話者名かな | きゆうなとし |
| 生年月日 | 19020305 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | - |
| 記録日 | 19720806 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 与那城村T3B4 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 夫のカメイさんは大工をしていて、夫から話を聞いたのが多い。 |
| 文字化資料 | 与那城の民話P389 |
| キーワード | 普天間グディー,大変別嬪,神,夫を持たない,苧,油売,子供,池,普天間の洞窟,櫛箱,太刀,がアカマター |
| 梗概(こうがい) | 普天間グディーという人は大変別嬪(べっぴん)で、あの人は神であったと思います。夫を持たないで、家でいつも苧(うー)を結んでいたそうです。昔は油売(あんだう)やぁが、つけ油を肩に担いで売り歩いていました。あるとき、普天間グジーがとてもきれいという噂を聞いた油売やぁは、「人間に生まれた値うちがあるなら、いつか普天間グジーという方を見てみたい。」と思った。けれど、普天間グディーの家の回りを回っても、蚊帳の中におるからなかなか見えなかったそうです。あとは、その家の子供が庭で遊んでいたので、「あなたがたのおばさんは家にいるか。」と聞いた。「はい、おります。」「どこにおるか。」 「あの蚊帳の中で、芭蕉をつないでおります。」と、子供は言ったそうです。油売やぁが、「あなたにお金をあげるから、その池のこっちをつかまえて、パタパタパターして泣きなさいなぁ。嘘でも泣きなさいなぁ。そうして、おばさんをそこに出しなさいよ。そうしたら私がまた沢山お金をあげるから。御馳走もあげるから。」と言ったから、子供は、「はい。」と言ってから、言われたとおりにしたそうです。子供が泣いたので、ウーをつないでいた普天間グジーは子供が池に落ちておると言って、驚いて庭に出たそうです。油売やぁは石垣に隠れていたが、普天間グジーが子供を池から引きだすときに飛び出してきて、「ああ今日は普天間グジーを見た。普天間グジーを見た。」と言った。普天間グジィーは、「私はもう人に見られてしまった。ここで生きることはできないから、逃げよう。」と言って、自分の兄弟や親に教えるために、その芭蕉のふだをつかまえて家を出て言った。それは普天間の洞窟(ガマ)まで続いていたそうです。親兄弟は、二、三日も一週間もどこへ行ったかと、心配しておびえたそうです。ウーのバーキを見たら、普天間グジーがあんなに沢山結んであるウーが少し残って、外へ続いていた。親兄弟がそのウーを追って行ったら、普天間松の上に続き、しだいしだいにあの松この松を回 チて、しまいには普天間神宮の洞窟に着いておった。親兄弟は、「どうしてここちに入ったのか。」と呼んだ。呼んだけど、返事もしない。「どうしてあんたはそこに入ってるか。出て来なさい。」と言っても出なかったから、翌日、母親が櫛箱(くしばこ)を持ってきて言ったそうです。「あんたはそこに隠れておって、髪はどうなるか。櫛箱を持ってきてるから出て来なさい。」そう言っても出てこなかったので、「出れないなら、そこに置いておくよ。」と言って置いた。そしたら、普天間グジーの姿は見えないけど、櫛箱はジリリーして洞窟の中に入って行ったそうです。それで、この人は普通の人間ではない、神であったと言って、そのときから、普天間の洞窟(ガマ)をしょっちゅう拝んでいるそうです。一人でどこかへ行くときも、また外国に行くときにも、そこを拝みます。この戦(いくさ)が始まっても、そこを拝みましたよ。そうしてまた、昔、三ヵ月か、五ヵ月、内地に勤めに行く人が、入口に太刀(たち)を立ててから普天間権現を拝んだ。ところが、那覇港を出て船に乗ってから太刀を立てたことを思い出した。「私はそこに太刀を忘れてしまって、どうするかなぁ。」と思ったけど、船は出てしまってしかたないから、ちょうど船が普天間の正面まで来たときに手を合わせて、「普天間権現の神様があるならば、私が勤めてくる間、太刀を預かって下さい。お願いします。」と言って、お願いした。そしたら、この人が内地に行っている間、ほかの人が拝みに行ったら、その太刀がアカマターになったそうです。それで、あの太刀は神であるから手をかけてはいけない、さわっていけないといわれて、誰も盗む人はいなかったそうですよ。 |
| 全体の記録時間数 | 8:01 |
| 物語の時間数 | 8:01 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |