巡り灯篭由来 再録(共通語)

概要

これは上本部の人で、生きていたら一〇三歳になるタンメー(お爺さん)の話だけども、この人は徴兵から抜けるために、支那に逃げて行って、向こうで生活していて帰ってきた人の話なんだが、私覚えていますがね、この巡(みぐ)い灯籠(どうろう)の話は支那にあった話ですよ。支那に非常に別嬪(べっぴん)がおったらしいですよ。そして、ある男がですな、「その人を一目でも見たら、もう極楽であるがねえ。」と言って、一度でも女を見ようとしたら、女はまたその男に見られたらもう騙されると言うて逃げ回って見られなかったらしいですよ。この女を大層執心している男は、「一目だけでも見れたら、いいんだがなあ。」と言って、いろんな研究してですな、人の作ってないものを作って出して人を集めてもその女の人は見当たらなくて、それで巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)作ってですな、道のもう人通りのあるところで、もう回しておったら、それには、こう巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)を作って提げて回しておったら、人がたくさん集まって来て、そして、その時に、ちょうど、その女がもう、「あの人が、巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)を作って回しておる。」ということを聞いてですな、女は背高くしなくて見ようとしたが、見えないから、人のあい中に袂の下から潜って行ってですな、押し上げて見たらしいですよ。それをその男が見付けて、「もう、わしはこの女見たんだから。」と言って、男はショックおこしてですな、すぐその場で、死んだらしいですよ。ちょうどその日が、旧のお正月の十六日に当たっておったんだから、この人の時代に旧の正月の十六日は、灯籠を作って、それをお墓の前で、お供え物としてお供えして、向こうで焼き払いしたという話ですよ。昔は、沖縄は支那ふうだから、我等が小さい時までは、支那の式で灯篭(とぅーる)作りよったですよ。その十六日の日は、この年にミーサー(前の年に死んだ人)に当たる人にはですな、慰め灯籠(どぅーる)と言って、沖縄はみんな巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)作りよったですよ、それを墓の前に供えて、向こうで焼き払ってきたものだが、もう青年なってからは、これももう排斥になって無くなった。 それだからもうこっちでは、人の洗骨なんか、終わり焼香(じょうこう)なんかに、よく念仏(にんぶち)しますがよ。念仏(にんぶち)なんかに、「左(ひじゃい)ぬ袖(すでぃ)から一目拝(つみうが)でぃ(左の袖から一目拝んで)右(にじり)ぬ袖(すでぃ)から二目拝(ふたみうが)でぃ(右の袖から二目拝んで)。」と言いますが、「左(ひじゃい)ぬ袖(すでぃ)から一目拝(つみうが)でぃ」というのは、袖の下から潜って、人を一目(いちゅみ)見たという、右の袖から二目見たということで、その理屈に応じていますよ。

再生時間:1:32

民話詳細DATA

レコード番号 47O381132
CD番号 47O38C057
決定題名 巡り灯篭由来 再録(共通語)
話者がつけた題名
話者名 名嘉光申
話者名かな なかこうしん
生年月日 19000411
性別
出身地 沖縄県島尻郡伊平屋村字我喜屋
記録日 19800908
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊平屋村我喜屋 T20 A03 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20,80,90
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 伊平屋村民話集 P 158
キーワード 上本部,タンメー,徴兵,支那,巡い灯籠,別嬪,極楽,正月,灯籠,墓,お供え,焼き払い,ミーサー,慰め灯籠,洗骨,終わり焼香,念仏,左の袖,二目拝,一目拝,袖の下
梗概(こうがい) これは上本部の人で、生きていたら一〇三歳になるタンメー(お爺さん)の話だけども、この人は徴兵から抜けるために、支那に逃げて行って、向こうで生活していて帰ってきた人の話なんだが、私覚えていますがね、この巡(みぐ)い灯籠(どうろう)の話は支那にあった話ですよ。支那に非常に別嬪(べっぴん)がおったらしいですよ。そして、ある男がですな、「その人を一目でも見たら、もう極楽であるがねえ。」と言って、一度でも女を見ようとしたら、女はまたその男に見られたらもう騙されると言うて逃げ回って見られなかったらしいですよ。この女を大層執心している男は、「一目だけでも見れたら、いいんだがなあ。」と言って、いろんな研究してですな、人の作ってないものを作って出して人を集めてもその女の人は見当たらなくて、それで巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)作ってですな、道のもう人通りのあるところで、もう回しておったら、それには、こう巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)を作って提げて回しておったら、人がたくさん集まって来て、そして、その時に、ちょうど、その女がもう、「あの人が、巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)を作って回しておる。」ということを聞いてですな、女は背高くしなくて見ようとしたが、見えないから、人のあい中に袂の下から潜って行ってですな、押し上げて見たらしいですよ。それをその男が見付けて、「もう、わしはこの女見たんだから。」と言って、男はショックおこしてですな、すぐその場で、死んだらしいですよ。ちょうどその日が、旧のお正月の十六日に当たっておったんだから、この人の時代に旧の正月の十六日は、灯籠を作って、それをお墓の前で、お供え物としてお供えして、向こうで焼き払いしたという話ですよ。昔は、沖縄は支那ふうだから、我等が小さい時までは、支那の式で灯篭(とぅーる)作りよったですよ。その十六日の日は、この年にミーサー(前の年に死んだ人)に当たる人にはですな、慰め灯籠(どぅーる)と言って、沖縄はみんな巡(みぐ)い灯篭(どぅーる)作りよったですよ、それを墓の前に供えて、向こうで焼き払ってきたものだが、もう青年なってからは、これももう排斥になって無くなった。 それだからもうこっちでは、人の洗骨なんか、終わり焼香(じょうこう)なんかに、よく念仏(にんぶち)しますがよ。念仏(にんぶち)なんかに、「左(ひじゃい)ぬ袖(すでぃ)から一目拝(つみうが)でぃ(左の袖から一目拝んで)右(にじり)ぬ袖(すでぃ)から二目拝(ふたみうが)でぃ(右の袖から二目拝んで)。」と言いますが、「左(ひじゃい)ぬ袖(すでぃ)から一目拝(つみうが)でぃ」というのは、袖の下から潜って、人を一目(いちゅみ)見たという、右の袖から二目見たということで、その理屈に応じていますよ。
全体の記録時間数 2:39
物語の時間数 1:32
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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