
三味線はですな、赤犬子というものがつくってますね。昔ですな、読谷村の楚辺村の方にですな、屋嘉(やかー)という家があったそうですな。その屋嘉という家では赤犬小(あかいんぐわー)を養っていたそうですな。ある年ですね、旱魃して飲み水もなくなったらですですな、この屋嘉という家のこの赤犬小が、水浴みてびっしょり濡れてきたらしいな。「こんな旱魃してるのに、どこに水があったか。」って、この屋嘉の長女チラーというのがですな、この犬について行った、暗闇の石の洞窟(がま)の方にな、水は出ておったそうですな。それから、読谷間切りの楚辺村は水は裕福にあったそうですな。また、このチラーという人は非常に別嬪さんだったそうですな。チュラカーギーですな。だから、この読谷間切りの若い連中が非常に執心して、非常に望んでおったそうですな。そして、その楚辺の暗井戸(くらーがー)というのは、暗い所にあるんだからクラシミー(暗い場所)の井戸(かー)でしょう。多分青年が、このチラーをおとそうと考えておったんでしょう。そのチラーが水汲みに来るのを見かけたんでしょう。すぐ遠回りしてこの井戸の中に隠れておるんですよ。そのチラーは運が良かったんでしょう。途中で、ちょっと、貧血したそうですな。そして、人に助けられて家へ帰ってきたそうですな。今度は、別の女がですな、その暗井戸に水汲みで行ったんですよ。この青年、ここに隠れておったんでしょう。だからこの女と付き合いして出てきたからなあ、自分の妹であったそうですな。で、この男は舌を切って自殺したそうですな。そうしてですな、そのうち、チラーはですな、大屋(うふやー)という家のカマーという人と結婚しておるそうですがな。このカマーもまた人に妬まれて、これもまた自害して死んだそうですな。そして、このチラーという人は、この赤犬小を連れてな、宮城島の方に隠れていなくなってしまってですな、向こうに行って、子を産んだそうですな。向こうに行ってすぐ出来たこの子は、本当は犬の子ではないが、赤犬子(あかいんこ)って名付けられたようですな。この赤犬子は非常に秀才だったそうですな。クバが生えておったんでしょう。クバの葉によ、雨だれが落ちるこのトントンする音を聞いてですな、「これは珍しい音だな。」と言ってですな、このクバの柄ですな、あれでチーガ作って、弦(ちる)は馬の尾(じゅー)で作ったようですな。これが、沖縄の三味線の始まりだったそうですな。それから、支那と琉球と交際して、航海するようになったからですな、この赤犬子は、琉球の王様から選ばれて、支那の方に行って、音楽の稽古をしてきたそうですな。そうして、帰りにこの人達が、ラッキョウとゴボウをですな、支那から持ってきたそうですな。そうして、このラッキョウとゴボウとは、これが向こうから取ってきて沖縄中に広がしたそうですな。読谷楚辺の浜に神社があるが、向こうに、「歌と三味線の昔始まりや、犬子ねあがりの神のみさく。」と歌が書いてあるよ。
| レコード番号 | 47O381125 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C057 |
| 決定題名 | 赤犬子(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 三味線の始まり |
| 話者名 | 新垣国太郎 |
| 話者名かな | あらがきくにたろう |
| 生年月日 | 19050830 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊平屋村字我喜屋 |
| 記録日 | 19800908 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊平屋村我喜屋 T19 A09 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 11,20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 伊平屋村民話集 P 141 |
| キーワード | 三味線,赤犬子,読谷村,楚辺村,屋嘉,赤犬小,旱魃,飲み水,長女チラー,洞窟,読谷間切り,別嬪,チュラカーギー,暗井戸,クラシミー,大屋,カマー,自害,宮城島,秀才,クバ,チーガ,弦,馬の尾,沖縄,三味線,支那,琉球,王様,音楽,稽古,ラッキョウ,ゴボウ,歌 |
| 梗概(こうがい) | 三味線はですな、赤犬子というものがつくってますね。昔ですな、読谷村の楚辺村の方にですな、屋嘉(やかー)という家があったそうですな。その屋嘉という家では赤犬小(あかいんぐわー)を養っていたそうですな。ある年ですね、旱魃して飲み水もなくなったらですですな、この屋嘉という家のこの赤犬小が、水浴みてびっしょり濡れてきたらしいな。「こんな旱魃してるのに、どこに水があったか。」って、この屋嘉の長女チラーというのがですな、この犬について行った、暗闇の石の洞窟(がま)の方にな、水は出ておったそうですな。それから、読谷間切りの楚辺村は水は裕福にあったそうですな。また、このチラーという人は非常に別嬪さんだったそうですな。チュラカーギーですな。だから、この読谷間切りの若い連中が非常に執心して、非常に望んでおったそうですな。そして、その楚辺の暗井戸(くらーがー)というのは、暗い所にあるんだからクラシミー(暗い場所)の井戸(かー)でしょう。多分青年が、このチラーをおとそうと考えておったんでしょう。そのチラーが水汲みに来るのを見かけたんでしょう。すぐ遠回りしてこの井戸の中に隠れておるんですよ。そのチラーは運が良かったんでしょう。途中で、ちょっと、貧血したそうですな。そして、人に助けられて家へ帰ってきたそうですな。今度は、別の女がですな、その暗井戸に水汲みで行ったんですよ。この青年、ここに隠れておったんでしょう。だからこの女と付き合いして出てきたからなあ、自分の妹であったそうですな。で、この男は舌を切って自殺したそうですな。そうしてですな、そのうち、チラーはですな、大屋(うふやー)という家のカマーという人と結婚しておるそうですがな。このカマーもまた人に妬まれて、これもまた自害して死んだそうですな。そして、このチラーという人は、この赤犬小を連れてな、宮城島の方に隠れていなくなってしまってですな、向こうに行って、子を産んだそうですな。向こうに行ってすぐ出来たこの子は、本当は犬の子ではないが、赤犬子(あかいんこ)って名付けられたようですな。この赤犬子は非常に秀才だったそうですな。クバが生えておったんでしょう。クバの葉によ、雨だれが落ちるこのトントンする音を聞いてですな、「これは珍しい音だな。」と言ってですな、このクバの柄ですな、あれでチーガ作って、弦(ちる)は馬の尾(じゅー)で作ったようですな。これが、沖縄の三味線の始まりだったそうですな。それから、支那と琉球と交際して、航海するようになったからですな、この赤犬子は、琉球の王様から選ばれて、支那の方に行って、音楽の稽古をしてきたそうですな。そうして、帰りにこの人達が、ラッキョウとゴボウをですな、支那から持ってきたそうですな。そうして、このラッキョウとゴボウとは、これが向こうから取ってきて沖縄中に広がしたそうですな。読谷楚辺の浜に神社があるが、向こうに、「歌と三味線の昔始まりや、犬子ねあがりの神のみさく。」と歌が書いてあるよ。 |
| 全体の記録時間数 | 5:39 |
| 物語の時間数 | 5:21 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |