舜天王(共通語)

概要

為朝は大島から舟で流れて来て、運天港についたら、運天港のトンネルがあるでしょう。トンネルからちょっと少し上に昇ったところに為朝が住んでおった洞穴(がま)という穴があるんです。そこに始めは宿をとって。それから、為朝は牧港(まちなと)に行ってですね、那覇から行くと左側の橋のところに牧港(まきみなと)があるね、あそこは昔はね、屋敷内はみな蜜柑を作ってね、蜜柑なんかが非常に有名だったんですよ。そして牧港(まきみなと)という名前をつけたのは、為朝が牧港(まちなと)の女にですね、「また帰るから、それまでは子供養って、安楽に暮らしておりなさい。」という言ったが、為朝は亡くなって帰って来ないから、この女は、いつもこの牧港(まきみなと)に来て夫の帰るのを待っておった。それで、待つということでマチナトね、名前が牧港(まきなと)とつける。今の牧港(まきみなと)ですね。この為朝という人はですね、元歴を調べてみてもですね、悪いことをしてない。それからこの人が非常に優れた人間だったわけさ。その子供も一般の住民にももてるしですね、そしてお母さんは、賢母であると、言うことでですね、そしてあらゆる王朝時代の学問もですね、稽古してね、中国にも行って勉強して、そしてお互いの王朝時代の高官なんかとも付き合いをして、この琉球王時代の幹部連中も認めて、初めて、「この人間ならば大丈夫。元を正せば、これは士族であって、非常に有名な人である。」ということで王様に持ち上げられて、舜天王という王様になったわけですよ。

再生時間:4:30

民話詳細DATA

レコード番号 47O380870
CD番号 47O38C044
決定題名 舜天王(共通語)
話者がつけた題名
話者名 宮城松助
話者名かな みやぎまつすけ
生年月日 19000204
性別
出身地 沖縄県島尻郡伊平屋村字前泊
記録日 19800907
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊平屋村前泊 T07 B04 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 集まりの時や船員だった頃におもに年寄りから聞いた。
文字化資料 伊平屋村民話集 P121
キーワード 為朝,大島,運天港,洞穴,牧港,那覇,蜜柑,マチナト,賢母,王朝時代,学問,稽古,中国,琉球王時代,士族,舜天王
梗概(こうがい) 為朝は大島から舟で流れて来て、運天港についたら、運天港のトンネルがあるでしょう。トンネルからちょっと少し上に昇ったところに為朝が住んでおった洞穴(がま)という穴があるんです。そこに始めは宿をとって。それから、為朝は牧港(まちなと)に行ってですね、那覇から行くと左側の橋のところに牧港(まきみなと)があるね、あそこは昔はね、屋敷内はみな蜜柑を作ってね、蜜柑なんかが非常に有名だったんですよ。そして牧港(まきみなと)という名前をつけたのは、為朝が牧港(まちなと)の女にですね、「また帰るから、それまでは子供養って、安楽に暮らしておりなさい。」という言ったが、為朝は亡くなって帰って来ないから、この女は、いつもこの牧港(まきみなと)に来て夫の帰るのを待っておった。それで、待つということでマチナトね、名前が牧港(まきなと)とつける。今の牧港(まきみなと)ですね。この為朝という人はですね、元歴を調べてみてもですね、悪いことをしてない。それからこの人が非常に優れた人間だったわけさ。その子供も一般の住民にももてるしですね、そしてお母さんは、賢母であると、言うことでですね、そしてあらゆる王朝時代の学問もですね、稽古してね、中国にも行って勉強して、そしてお互いの王朝時代の高官なんかとも付き合いをして、この琉球王時代の幹部連中も認めて、初めて、「この人間ならば大丈夫。元を正せば、これは士族であって、非常に有名な人である。」ということで王様に持ち上げられて、舜天王という王様になったわけですよ。
全体の記録時間数 4:49
物語の時間数 4:30
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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