
真玉橋は、今は真すぐ造っているでしょう。真玉橋の由来というのは、何からきたかといいますとね、あれは、昔はね、ターグマキというって、丸い橋だったけれどもね、二回造ったれども、二回崩してね、この橋がもたないわけ。それで三回目にですよ、この真玉橋に埋(うず)められた女の話よ、昔の女の方は、カンプーつくるでしょう。七元結(ななむぅーてぃ)て、髪に七回まわした元結(むぅーてぃー)した人がいたってね。どうするかというと、最後は、人柱にした女がね、「この七ムゥーティーした女を人柱にして埋めなければ、この橋はかけることはできない。」と、この問題を自分で言ったわけ。そしたら、沖縄県、全部、調べてもね、女の頭に二、三回元結をまわしているけれども、七回まわした七元結(ななむぅーてぃー)をした人は、いなかったわけよ。だからね、自分で口出したんだから、沖縄県から全部いなくて、もう大工さんがいったか、わからんけれども、後は、これを言った女の人をね、改めたら七元結であったわけよ。それでね、人柱なった女の方は、もう調べたら、昔のね、王様の妾であって、子どもを産んでいるよ。したけれども、この子どもはね、親族が取りまして、女を埋めるようになったわけさ。子どもを抱いて、お別れして、子どもにさ、「お母さんはね、自分の口のために、ここに埋(うず)められるから、あんたはね、人より先には、絶対に口出してはいけないよ。」って、そして、お父さんとお母さんに、子どもは押しつけて、二言いって、大工さんに連れて行かれて、埋められたわけよ。この七元結をした人を人柱にして埋めて、この上に橋を積んだわけ。そして、三回目には、この真玉橋ができたわけよ。そこには、それから何十年、何百年なるけれども、今も御願所(うがんじゅ)造ってある。それで、後は、どうしたかと言うと、この子どもさんですね、男の子であったらしい。これは王の子どもだからね、両親が養っていたら、ものを言わないけど、これが王様の一番年上の嫡子になっていたわけさ。王はもう死んだわけでしょう。死んでね、それで、王の位がめぐって、次に王を立てる争いだがね、この妾の子どもが、一番上(しーじゃ)になったわけさ。それで、あのときのね、自分の奥さんも男の子も産んでいるわけさ。それでどうするかと言えばね、御城(うぐしく)の方はね、「チーグなった人間を応援することはできない。今の奥さんの子どもは、物を言うから、必ず本妻の子どもを王にする。」と、そして、もう片一方は、「これ、チーグ王は年上(しーじゃ)だから王にする。チーグ王が先だから、必ず勝てる。」って役員がね、二つに分かれたそうだ。チーグ王に味方する役員たちが多かったわけ。して争いしたら、チーグ王に、本妻の子どもが負けたわけ。だから、三司官達チーグ王の味方はね、チーグ王を立てる。「どうぞ、物を言って下さい。こんな争いをしているから、あんたは物をいわさせなければ大変だ。物を、一言でも物をいってください。」と言ったらしい。だからね、この三司官たちに言ったことはね、このチーグ王はね、チーグー〔聾唖者〕ではなくて、親がね、人柱になって死んでいくときに、「お母さんは、人より先に物をいってね、真玉橋の下垣の枕木になるから、あんたは、人より先に、物をいってはいけない。」と言ったのが、お母さんの遺言だったわけ。だから、声はでるけど、物はいわなかったわけさ。物もいわないチーグーだから、チーグー王といっておる。だから、王の位についてですね、みんな、三司官を集めて、そのときにね、このチーグ王曰く、「実は、こうこうであった。自分の弟と私と両方で争いしたけれども、お母さんが真玉橋の下で、人柱になったときに、物を人先(ちゅさき)に言っていけないといったから、私は今まで一口もいわなかった。」と、このチーグ王が言ったわけ。それからね、三司官たちは、もう手を打って、非常に愉快してね、祝儀(すーじ)したって、真玉橋の由来は、これだけ。
| レコード番号 | 47O380844 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C042 |
| 決定題名 | 真玉橋の由来 チーグ王(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 名嘉永守 |
| 話者名かな | なかえいしゅ |
| 生年月日 | 19020214 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊平屋村字田名 |
| 記録日 | 19800907 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊平屋村田名 T06 B01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 伊平屋村民話集 P123 |
| キーワード | 真玉橋,ターグマキ,カンプー,七元結,人柱,王様の妾,御願所,御城,チーグ,チーグ王,三司官,人先,祝儀 |
| 梗概(こうがい) | 真玉橋は、今は真すぐ造っているでしょう。真玉橋の由来というのは、何からきたかといいますとね、あれは、昔はね、ターグマキというって、丸い橋だったけれどもね、二回造ったれども、二回崩してね、この橋がもたないわけ。それで三回目にですよ、この真玉橋に埋(うず)められた女の話よ、昔の女の方は、カンプーつくるでしょう。七元結(ななむぅーてぃ)て、髪に七回まわした元結(むぅーてぃー)した人がいたってね。どうするかというと、最後は、人柱にした女がね、「この七ムゥーティーした女を人柱にして埋めなければ、この橋はかけることはできない。」と、この問題を自分で言ったわけ。そしたら、沖縄県、全部、調べてもね、女の頭に二、三回元結をまわしているけれども、七回まわした七元結(ななむぅーてぃー)をした人は、いなかったわけよ。だからね、自分で口出したんだから、沖縄県から全部いなくて、もう大工さんがいったか、わからんけれども、後は、これを言った女の人をね、改めたら七元結であったわけよ。それでね、人柱なった女の方は、もう調べたら、昔のね、王様の妾であって、子どもを産んでいるよ。したけれども、この子どもはね、親族が取りまして、女を埋めるようになったわけさ。子どもを抱いて、お別れして、子どもにさ、「お母さんはね、自分の口のために、ここに埋(うず)められるから、あんたはね、人より先には、絶対に口出してはいけないよ。」って、そして、お父さんとお母さんに、子どもは押しつけて、二言いって、大工さんに連れて行かれて、埋められたわけよ。この七元結をした人を人柱にして埋めて、この上に橋を積んだわけ。そして、三回目には、この真玉橋ができたわけよ。そこには、それから何十年、何百年なるけれども、今も御願所(うがんじゅ)造ってある。それで、後は、どうしたかと言うと、この子どもさんですね、男の子であったらしい。これは王の子どもだからね、両親が養っていたら、ものを言わないけど、これが王様の一番年上の嫡子になっていたわけさ。王はもう死んだわけでしょう。死んでね、それで、王の位がめぐって、次に王を立てる争いだがね、この妾の子どもが、一番上(しーじゃ)になったわけさ。それで、あのときのね、自分の奥さんも男の子も産んでいるわけさ。それでどうするかと言えばね、御城(うぐしく)の方はね、「チーグなった人間を応援することはできない。今の奥さんの子どもは、物を言うから、必ず本妻の子どもを王にする。」と、そして、もう片一方は、「これ、チーグ王は年上(しーじゃ)だから王にする。チーグ王が先だから、必ず勝てる。」って役員がね、二つに分かれたそうだ。チーグ王に味方する役員たちが多かったわけ。して争いしたら、チーグ王に、本妻の子どもが負けたわけ。だから、三司官達チーグ王の味方はね、チーグ王を立てる。「どうぞ、物を言って下さい。こんな争いをしているから、あんたは物をいわさせなければ大変だ。物を、一言でも物をいってください。」と言ったらしい。だからね、この三司官たちに言ったことはね、このチーグ王はね、チーグー〔聾唖者〕ではなくて、親がね、人柱になって死んでいくときに、「お母さんは、人より先に物をいってね、真玉橋の下垣の枕木になるから、あんたは、人より先に、物をいってはいけない。」と言ったのが、お母さんの遺言だったわけ。だから、声はでるけど、物はいわなかったわけさ。物もいわないチーグーだから、チーグー王といっておる。だから、王の位についてですね、みんな、三司官を集めて、そのときにね、このチーグ王曰く、「実は、こうこうであった。自分の弟と私と両方で争いしたけれども、お母さんが真玉橋の下で、人柱になったときに、物を人先(ちゅさき)に言っていけないといったから、私は今まで一口もいわなかった。」と、このチーグ王が言ったわけ。それからね、三司官たちは、もう手を打って、非常に愉快してね、祝儀(すーじ)したって、真玉橋の由来は、これだけ。 |
| 全体の記録時間数 | 8:52 |
| 物語の時間数 | 8:17 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |