
昔からの有名な吉屋チルーは、沖縄で、もうとにかく歌人で有名な人で、そのほかに 恩納ナビー、 北谷(ちゃたん)モウシーなど、女だけど、もうあの三名は、とても歌が上手だった。吉屋チルーは、恩納の瀬良垣の方に住まいは、住んでいたんだが、とにかく、親が貧乏だったので、親の孝行をするために、親に連れられて、那覇の辻に、尾類(遊廓)に売られて行こうとするときにこの嘉手納の比謝川の比謝橋を渡ろうとしたときに詠んだ歌だけど、「恨(うら)み比謝橋(ひじゃばし)や 誰(た)が架(か)きてぃうちぇが〔恨めしい比謝橋よ 誰がかけておいたのだろうか〕私(わん)渡(わた)さとぅ 情(なさき)無(ねー)ん里(さとぅ)が架(か)きてぃうちぇん〔私を渡そうとして 情のない人がかけておいたのだろう〕。」と。ああいう歌を、歌は二通りもあるけど……。だけどほら、那覇に行って、尾類売りを親にされたので、ちょうど十九歳のときに早死にしたけど、この早死にの原因は、尾類アンマーが銭に目がくらんで、病気をもっているお客を多くよんで、銭を多く取ろうとしたので、この吉屋チルーは、自分ではわかっていたけど、大方察しはついていたようだが、尾類アンマーの言うことなので、「チルー、今日のお客は身分の高いお客だから、おまえもそう考えて、お相手しなさいよ。」と言ったので、チルーは、もう、「怪しい。」と思ってはいたけど、泣く泣く銭で買われているので、自分自身の身ではない。尾類アンマーに抱えられているので、あきらめて相手になったけど、翌日になったら、「私が生きていても何の楽しみもない。私はこの世では生きていけないから死んでしまおう。」といって、死んでしまった。自分で命を絶ったので、この尾類アンマーは耐えられなくなって、お墓に通っていって、水をまくために、水を供えるために来たときに、墓の中から、「生(い)ちてぃうる間(やどう)や 私(わん)しすみしやい〔生きているときには私を粗末に扱って〕死(し)なばばくちゃに 通(かゆ)てぃみすが〔死んでからいたづらに 通ってくるのですか〕。」「私が、死んでから墓のところに通って、私に水を供えても何の役にも立ちませんよ。」といって歌をしたってよ。詠んだってさ。
| レコード番号 | 47O382953 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C152 |
| 決定題名 | 吉屋チルー 身売り 死者の歌(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊礼亀助 |
| 話者名かな | いれいかめすけ |
| 生年月日 | 19021124 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊是名村字諸見 |
| 記録日 | 19810402 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊是名村 T13 B04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20,60 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いぜな島の民話 P239 |
| キーワード | 吉屋チルー,沖縄,歌人,有名,恩納ナビー,北谷モウシー,瀬良垣,孝行,那覇,辻,尾類,嘉手納,比謝川,比謝橋,歌,早死,お墓 |
| 梗概(こうがい) | 昔からの有名な吉屋チルーは、沖縄で、もうとにかく歌人で有名な人で、そのほかに 恩納ナビー、 北谷(ちゃたん)モウシーなど、女だけど、もうあの三名は、とても歌が上手だった。吉屋チルーは、恩納の瀬良垣の方に住まいは、住んでいたんだが、とにかく、親が貧乏だったので、親の孝行をするために、親に連れられて、那覇の辻に、尾類(遊廓)に売られて行こうとするときにこの嘉手納の比謝川の比謝橋を渡ろうとしたときに詠んだ歌だけど、「恨(うら)み比謝橋(ひじゃばし)や 誰(た)が架(か)きてぃうちぇが〔恨めしい比謝橋よ 誰がかけておいたのだろうか〕私(わん)渡(わた)さとぅ 情(なさき)無(ねー)ん里(さとぅ)が架(か)きてぃうちぇん〔私を渡そうとして 情のない人がかけておいたのだろう〕。」と。ああいう歌を、歌は二通りもあるけど……。だけどほら、那覇に行って、尾類売りを親にされたので、ちょうど十九歳のときに早死にしたけど、この早死にの原因は、尾類アンマーが銭に目がくらんで、病気をもっているお客を多くよんで、銭を多く取ろうとしたので、この吉屋チルーは、自分ではわかっていたけど、大方察しはついていたようだが、尾類アンマーの言うことなので、「チルー、今日のお客は身分の高いお客だから、おまえもそう考えて、お相手しなさいよ。」と言ったので、チルーは、もう、「怪しい。」と思ってはいたけど、泣く泣く銭で買われているので、自分自身の身ではない。尾類アンマーに抱えられているので、あきらめて相手になったけど、翌日になったら、「私が生きていても何の楽しみもない。私はこの世では生きていけないから死んでしまおう。」といって、死んでしまった。自分で命を絶ったので、この尾類アンマーは耐えられなくなって、お墓に通っていって、水をまくために、水を供えるために来たときに、墓の中から、「生(い)ちてぃうる間(やどう)や 私(わん)しすみしやい〔生きているときには私を粗末に扱って〕死(し)なばばくちゃに 通(かゆ)てぃみすが〔死んでからいたづらに 通ってくるのですか〕。」「私が、死んでから墓のところに通って、私に水を供えても何の役にも立ちませんよ。」といって歌をしたってよ。詠んだってさ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:45 |
| 物語の時間数 | 3:26 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |