継子話 烏と弁当(シマグチ)

概要

(継子が)田草を取っているまっ最中に、「出て来て昼ごはん食べなさい。」と、この継親が、弁当を作ってもってきて、そこに置いてあったけれど、いつまでたっても出て来て食べないので、継親は家に帰って行った。後で継子が出て来て食べようとすると、このガラサー(烏)が来て食べて、ガラサーはすぐ、食べてじきそのまま死んでね、死んだので、「もうこれは、始めから今日は様子がおかしかったなあ。いつもは芋を持ってくるのに、今日は、弁当を詰めて持ってきたのは不思議だなあ。」と思いながらも、こうして田草を無中で取っていた。「ヒルムシぬ草(くさ)や 我(わが)命心(いぬちぐくる)〔ヒルムシの草は私の命を助けてくれた〕ガラシ飛(と)ぅぶ鳥(とぅい)や 我親心(わうやぐくる)〔飛んでいるガラシは私の親のかわりだ。〕』と言って、継子が、「草が生えていたから、私は草を無中になって取っていたので、そのかわりにガラシが弁当を食べて死んでしまった。これはもう死んだ親が私に知らせてくれたんだ。」と思った。継子を産んだ親は死んで、いないのだから。「ヒルムシぬ草(くさ)や 我命心(わがぬちぐくる)〔ヒルムシの草は私の命を助けてくれた〕 ガラシ飛(とぅ)ぶ鳥(とぅい)や 我親心(わうやぐくる)〔飛んでいるガラシは私の親のかわりだ。〕』と。このヒルムシの草が生えてなかったら、田んぼから出て弁当を食べたかもしれないが、草に無中になって、必死に取ったので死なずにすんだ。(その弁当を家に持ち帰ったので、継母が)「不思議なことだ。昼飯は食べてないなあ、家に帰っでくるんだもの。」と、この悪人の継親はそう言ったって言うけど。昔の継親はみんな悪い人だね。

再生時間:1:28

民話詳細DATA

レコード番号 47O382761
CD番号 47O38C142
決定題名 継子話 烏と弁当(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 末吉マカ
話者名かな すえよしまか
生年月日 18970913
性別
出身地 沖縄県島尻郡伊是名村字伊是名
記録日 19800906
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊是名村 T08 B05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12,60
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 いぜな島の民話 P74
キーワード 継子,田草,継親,弁当,ガラサー,烏,芋,ヒルムシの草,命,親心
梗概(こうがい) (継子が)田草を取っているまっ最中に、「出て来て昼ごはん食べなさい。」と、この継親が、弁当を作ってもってきて、そこに置いてあったけれど、いつまでたっても出て来て食べないので、継親は家に帰って行った。後で継子が出て来て食べようとすると、このガラサー(烏)が来て食べて、ガラサーはすぐ、食べてじきそのまま死んでね、死んだので、「もうこれは、始めから今日は様子がおかしかったなあ。いつもは芋を持ってくるのに、今日は、弁当を詰めて持ってきたのは不思議だなあ。」と思いながらも、こうして田草を無中で取っていた。「ヒルムシぬ草(くさ)や 我(わが)命心(いぬちぐくる)〔ヒルムシの草は私の命を助けてくれた〕ガラシ飛(と)ぅぶ鳥(とぅい)や 我親心(わうやぐくる)〔飛んでいるガラシは私の親のかわりだ。〕』と言って、継子が、「草が生えていたから、私は草を無中になって取っていたので、そのかわりにガラシが弁当を食べて死んでしまった。これはもう死んだ親が私に知らせてくれたんだ。」と思った。継子を産んだ親は死んで、いないのだから。「ヒルムシぬ草(くさ)や 我命心(わがぬちぐくる)〔ヒルムシの草は私の命を助けてくれた〕 ガラシ飛(とぅ)ぶ鳥(とぅい)や 我親心(わうやぐくる)〔飛んでいるガラシは私の親のかわりだ。〕』と。このヒルムシの草が生えてなかったら、田んぼから出て弁当を食べたかもしれないが、草に無中になって、必死に取ったので死なずにすんだ。(その弁当を家に持ち帰ったので、継母が)「不思議なことだ。昼飯は食べてないなあ、家に帰っでくるんだもの。」と、この悪人の継親はそう言ったって言うけど。昔の継親はみんな悪い人だね。
全体の記録時間数 2:13
物語の時間数 1:28
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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