
平良御殿はね、とても御殿の資格もあるんだが、男の子を産んでいなかったのでね、子孫を継ぐ男の子がいないので、とてももう苦労して、「どうしたらいいのかなあ、自分たち風水が悪いのかね。風水が悪いのかな。これはこのままでは栄えないよ。やっかいなことになっている。ねえ、あの風水見を連れてきて自分たちのお墓や屋敷を見せてみよう。」と言った。それで夫婦でお願いして、風水見を連れて来て、お墓やまたこの屋敷を調べさせたってね。調べたので、この風水見が夫婦に言うには、「もう、お前たちは今までの屋敷、家は全部焼いて、全部どかせて、新しく造り直さないとお前たちは栄えないよ。」と、言ったってさ。「着物も全部家から出さないで、全部焼きはらってなくさないと、お前たちは栄えないから、私の言うようにしなさい。」と言った。「もうこれは仕方がない。どんなにしても哀れをするのだから、ねっ、この風水見が言ったようにしよう。」と言ってね、焼いた。たった娘を一人だけ産んで、この娘と親と三人だけど、娘はとても、もう美人だったって、この娘は。それで家は焼いたので、もう着る着物も全部出さないで焼いたでしょう。着物、衣類よ。出さずに全部焼いたので、翌日から着る物もないよ、着る物もなく、もう親子三人とも寒さでちじこまって苦労しているわけさ。それで、苦労して、「どうしたらいいのかなあ。」と苦労しているときに、この娘がね、母親に、「こんなにして、今のままではね、私たちは生きていくことはできないから、私が尾類(遊郭)に売られて、奉公して、親孝行しに行くから、いっしょに連れて行って。」と言ってね、それで、「連れて行って。」と言った。那覇にあった話ってね。それで、連れて行けといっていっしょに、せっかく産んだ娘を、もう辻に連れて行かれる年ごろになっているわけさあね。それで連れて行って、親子で行ったので、朝早く行ったので……。昔の孝行な心の者は、辻で身をすりへらしてまで、尾類に売られて、このお金で買われて行っていた。その子もそのつもりで、朝早く出たのだが、あまりにも早かったので、辻の人の家に行けなくてよ。行けなくて、崇元寺、現在の崇元寺ね、崇元寺橋で親子はね、泣いてね、「こんな哀れをして。」と言って泣いているときにね、王様が、首里の、首里の物見から朝早く、必ず、王様は下の人民の暮しはどうなっているかと……。現在は戦争であの物見は全部なくなっているが、物見というものがあって、そこに王様が出て来て、那覇のあたりを、首里から那覇のあたりを見まわして下の人民の暮しが、どうなっているのか、家々から煙を出してごはんを炊いたりしていたのをみた。それでこれを見わたすと、王様は那覇をみわたすと、崇元寺で、「親子が肩を抱きあって泣いているのは不思議なことだ。これは早く、〈使いの者にだよ〉、早く行って崇元寺に行って事情を聞いて来い。」と言って使いの者を行かせた。行かせたらね、もう親子抱きあって、寒いおもいをしながら泣いているみたいね。泣いていたので、使いの者はさっそく帰って来て、すぐに王様に事情を話したわけさ。「こんな事情で、着替える着物がない。哀れして泣いて、辻にこの娘を一人娘を売りに連れていくとの考え、目的だと言っています。」と言ったので、「そうか、それなら早くここへ連れて来い。」と、この親子を御城に呼んで、王様のおそばに呼んだようだ。呼んで、事情を聞いたら、またこの娘は神のように、もう侍の子どもよりもとても、美人だったので、それで王様が、「それなら、この娘は私のおそばに置いておきなさい。私がお前たちのことはすべて考えてあげる。」と言って、王様から立派な家を造ってもらってね、すぐもう今は、もとよりも立派な生活をさせて裕福にして、首里の一流の家系にまでしたとの話だった。この女の子一人のおかげでね。だから女の子どもは美人に産みなさい。おもしろい話があるんですよ。これで終ります。
| レコード番号 | 47O382658 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C137 |
| 決定題名 | 美人の徳(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | タララ御殿 |
| 話者名 | 伊礼亀助 |
| 話者名かな | いれいかめすけ |
| 生年月日 | 19021124 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊是名村字諸見 |
| 記録日 | 19800905 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊是名村 T05 B02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いぜな島の民話 P35 |
| キーワード | 平良御殿,子孫,風水,お墓,屋敷,風水見,着物,尾類,親孝行,那覇,辻,崇元寺,首里 |
| 梗概(こうがい) | 平良御殿はね、とても御殿の資格もあるんだが、男の子を産んでいなかったのでね、子孫を継ぐ男の子がいないので、とてももう苦労して、「どうしたらいいのかなあ、自分たち風水が悪いのかね。風水が悪いのかな。これはこのままでは栄えないよ。やっかいなことになっている。ねえ、あの風水見を連れてきて自分たちのお墓や屋敷を見せてみよう。」と言った。それで夫婦でお願いして、風水見を連れて来て、お墓やまたこの屋敷を調べさせたってね。調べたので、この風水見が夫婦に言うには、「もう、お前たちは今までの屋敷、家は全部焼いて、全部どかせて、新しく造り直さないとお前たちは栄えないよ。」と、言ったってさ。「着物も全部家から出さないで、全部焼きはらってなくさないと、お前たちは栄えないから、私の言うようにしなさい。」と言った。「もうこれは仕方がない。どんなにしても哀れをするのだから、ねっ、この風水見が言ったようにしよう。」と言ってね、焼いた。たった娘を一人だけ産んで、この娘と親と三人だけど、娘はとても、もう美人だったって、この娘は。それで家は焼いたので、もう着る着物も全部出さないで焼いたでしょう。着物、衣類よ。出さずに全部焼いたので、翌日から着る物もないよ、着る物もなく、もう親子三人とも寒さでちじこまって苦労しているわけさ。それで、苦労して、「どうしたらいいのかなあ。」と苦労しているときに、この娘がね、母親に、「こんなにして、今のままではね、私たちは生きていくことはできないから、私が尾類(遊郭)に売られて、奉公して、親孝行しに行くから、いっしょに連れて行って。」と言ってね、それで、「連れて行って。」と言った。那覇にあった話ってね。それで、連れて行けといっていっしょに、せっかく産んだ娘を、もう辻に連れて行かれる年ごろになっているわけさあね。それで連れて行って、親子で行ったので、朝早く行ったので……。昔の孝行な心の者は、辻で身をすりへらしてまで、尾類に売られて、このお金で買われて行っていた。その子もそのつもりで、朝早く出たのだが、あまりにも早かったので、辻の人の家に行けなくてよ。行けなくて、崇元寺、現在の崇元寺ね、崇元寺橋で親子はね、泣いてね、「こんな哀れをして。」と言って泣いているときにね、王様が、首里の、首里の物見から朝早く、必ず、王様は下の人民の暮しはどうなっているかと……。現在は戦争であの物見は全部なくなっているが、物見というものがあって、そこに王様が出て来て、那覇のあたりを、首里から那覇のあたりを見まわして下の人民の暮しが、どうなっているのか、家々から煙を出してごはんを炊いたりしていたのをみた。それでこれを見わたすと、王様は那覇をみわたすと、崇元寺で、「親子が肩を抱きあって泣いているのは不思議なことだ。これは早く、〈使いの者にだよ〉、早く行って崇元寺に行って事情を聞いて来い。」と言って使いの者を行かせた。行かせたらね、もう親子抱きあって、寒いおもいをしながら泣いているみたいね。泣いていたので、使いの者はさっそく帰って来て、すぐに王様に事情を話したわけさ。「こんな事情で、着替える着物がない。哀れして泣いて、辻にこの娘を一人娘を売りに連れていくとの考え、目的だと言っています。」と言ったので、「そうか、それなら早くここへ連れて来い。」と、この親子を御城に呼んで、王様のおそばに呼んだようだ。呼んで、事情を聞いたら、またこの娘は神のように、もう侍の子どもよりもとても、美人だったので、それで王様が、「それなら、この娘は私のおそばに置いておきなさい。私がお前たちのことはすべて考えてあげる。」と言って、王様から立派な家を造ってもらってね、すぐもう今は、もとよりも立派な生活をさせて裕福にして、首里の一流の家系にまでしたとの話だった。この女の子一人のおかげでね。だから女の子どもは美人に産みなさい。おもしろい話があるんですよ。これで終ります。 |
| 全体の記録時間数 | 6:40 |
| 物語の時間数 | 6:24 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |