
潮平(すんじゃー)ブシはですね、あの人はとっても優れた方でしたよ。そして、あの人の由来は、またこうなんですよ。昔の首里勤めといって、大きな城の勤めだったらしい。むこうの首里の勤めだったので、首里にいらっしゃって、あそこでいろいろ、上の役人たちがいるから、学問を習ったり、武勇も習ったりしていた。(潮平ブシは) はいなわがとても上手だった。まあ、とにかく、ほんとうのブシだったらしいですよ。それで、あの人の実家は、仲道という家の長男になる人だったけど……。だけど、どうして分家させられたかというとね、首里にいるとき、城内で相撲の勝負になったらしい。それで 坊主御主とね相撲をして、この坊主御主を取って投げたんですって。取って投げたので、家来たちが、先になって伊是名に来てですね、親御様に伝げ口をしたようだ。「ああもう、大変だよ。この潮平はね、お父さん。首里で坊主脚主と相撲を取って、坊主御主を取って投げたんですよ。何か問題が起きないでしょうかね。」と言って、伝えたみたいですよ。首里から来て。親御様はね、昔の親はとても厳しくてね、子どもたちのまちがったおこないを、ただでは許さないというとても厳しい時代だったんです。それで、首里から友だちが先に、伊是名に来て、仲道の親御様に、すでに伝えたようだ。だから、仲道の親御様は、「これは、ただでは許されん。あいつに家の後継ぎをさせるわけにはいかん。」と言って、すぐ帰ってくると同時に、家を分けてね、家を分けたのが今のカナスンジャーだよ。潮平ブシは、「私は家もない。親といっしょに住むこともできない。あんなことを伝えられたので、分家させられても仕方がない。」と言って、おとなしく分家して、分家してからも、この人の気性は、武勇のこの気性はいつも頭の中にあったってよ。妻の、妻のハンシーは、ハンシーというのは昔の言葉で、今のばあさんというんだよ。ハンシーが……。(潮平ブシが)昼の、昼寝をしているときに、妻のハンシーが、「ねえ、じいさん、お父さん、ごはんできていますよ。」と言うと、ただ手をさわっただけでもすぐ取って投げたそうだ。それで、後で目がさめてから後悔してね、それで、自分の妻にこう言った。「もうあなたはね、寝ている私を起こすときには、長い杖で突ついて、よんで『ねえ、起きなさい』とやりなさいね。私はこういう気性だから、すぐ私にさわったらだめだよ。こういう気性だから。」と言ったので、それから、妻のばあさんもそうしたって。この人は、あまりにも優れて、村の技くらべに行くと、杖を一本立ててですね、この上に片方をあげて、空手をした。そのくらい武勇に優れていた。それが、この人の話なんですよ。諸見に立派な(足跡が)ありますよ、足の、足の型が。あそこ伊是名城からここに飛んできたって。それから、久米島にいらっしゃった。久米島で、あそこで墓、掘り墓を久米島の人が造るときに、昔は掘る道具もなく、 サギブイに縄を引かせて、半年かけて少しづつ、少しつつ掘った墓があります。この墓には、自分一人だけ入っているけどね、とても体の大きなブシで、ブシタンメ(じいさん)というけどね、今も子や孫は、「ブシタンメ、ブシタンメ。」と言っている。名前は、「ブシタンメ。」という。墓を造って、自分で入っていった。
| レコード番号 | 47O382494 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C129 |
| 決定題名 | 潮平武士の話(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊礼亀助 |
| 話者名かな | いれいかめすけ |
| 生年月日 | 19000305 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊是名村字諸見 |
| 記録日 | 19750914 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊是名村 T01 B04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いぜな島の民話 P225 |
| キーワード | 潮平ブシ,首里勤め,城,学問,武勇,はいなわ,仲道,相撲,坊主御主,家来,伊是名,伝げ口,後継ぎ,カナスンジャー,分家,ハンシー,杖,空手,諸見,足跡,久米島,墓,サギブイ,縄,ブシタンメ |
| 梗概(こうがい) | 潮平(すんじゃー)ブシはですね、あの人はとっても優れた方でしたよ。そして、あの人の由来は、またこうなんですよ。昔の首里勤めといって、大きな城の勤めだったらしい。むこうの首里の勤めだったので、首里にいらっしゃって、あそこでいろいろ、上の役人たちがいるから、学問を習ったり、武勇も習ったりしていた。(潮平ブシは) はいなわがとても上手だった。まあ、とにかく、ほんとうのブシだったらしいですよ。それで、あの人の実家は、仲道という家の長男になる人だったけど……。だけど、どうして分家させられたかというとね、首里にいるとき、城内で相撲の勝負になったらしい。それで 坊主御主とね相撲をして、この坊主御主を取って投げたんですって。取って投げたので、家来たちが、先になって伊是名に来てですね、親御様に伝げ口をしたようだ。「ああもう、大変だよ。この潮平はね、お父さん。首里で坊主脚主と相撲を取って、坊主御主を取って投げたんですよ。何か問題が起きないでしょうかね。」と言って、伝えたみたいですよ。首里から来て。親御様はね、昔の親はとても厳しくてね、子どもたちのまちがったおこないを、ただでは許さないというとても厳しい時代だったんです。それで、首里から友だちが先に、伊是名に来て、仲道の親御様に、すでに伝えたようだ。だから、仲道の親御様は、「これは、ただでは許されん。あいつに家の後継ぎをさせるわけにはいかん。」と言って、すぐ帰ってくると同時に、家を分けてね、家を分けたのが今のカナスンジャーだよ。潮平ブシは、「私は家もない。親といっしょに住むこともできない。あんなことを伝えられたので、分家させられても仕方がない。」と言って、おとなしく分家して、分家してからも、この人の気性は、武勇のこの気性はいつも頭の中にあったってよ。妻の、妻のハンシーは、ハンシーというのは昔の言葉で、今のばあさんというんだよ。ハンシーが……。(潮平ブシが)昼の、昼寝をしているときに、妻のハンシーが、「ねえ、じいさん、お父さん、ごはんできていますよ。」と言うと、ただ手をさわっただけでもすぐ取って投げたそうだ。それで、後で目がさめてから後悔してね、それで、自分の妻にこう言った。「もうあなたはね、寝ている私を起こすときには、長い杖で突ついて、よんで『ねえ、起きなさい』とやりなさいね。私はこういう気性だから、すぐ私にさわったらだめだよ。こういう気性だから。」と言ったので、それから、妻のばあさんもそうしたって。この人は、あまりにも優れて、村の技くらべに行くと、杖を一本立ててですね、この上に片方をあげて、空手をした。そのくらい武勇に優れていた。それが、この人の話なんですよ。諸見に立派な(足跡が)ありますよ、足の、足の型が。あそこ伊是名城からここに飛んできたって。それから、久米島にいらっしゃった。久米島で、あそこで墓、掘り墓を久米島の人が造るときに、昔は掘る道具もなく、 サギブイに縄を引かせて、半年かけて少しづつ、少しつつ掘った墓があります。この墓には、自分一人だけ入っているけどね、とても体の大きなブシで、ブシタンメ(じいさん)というけどね、今も子や孫は、「ブシタンメ、ブシタンメ。」と言っている。名前は、「ブシタンメ。」という。墓を造って、自分で入っていった。 |
| 全体の記録時間数 | 6:35 |
| 物語の時間数 | 6:33 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |