
豊見親は勇気のあるなかなかの武士で、知恵者でもあったらしい。この人は沖縄で打ち首になりそうになった時、逃げてきたと言われる。首里城は周りを石で囲んでいるが、何回も崩れた。豊見親は、「石奉行より私(の腕)がいい」と言って、石垣を交互に積み上げたら、頑丈なものになった。殿様は喜んで、「褒美をやろう。何がよいか」と聞く。豊見親が「牛一頭分の土地をくれ」と言うと、殿様は、牛一頭なんて問題じゃない、と言って約束する。豊見親は一番大きな牛を殺し、その皮を細く切りそれを繋ぎ合わせて、今の通堂あたりの拾い土地を囲った。その土地は通堂二丁目宮古屋敷と呼ばれていた。殿様はこの知恵者を置いておくと大変だと恐れて、その人を島流しにすることにした。豊見親は六月の北風に乗って宮古へ逃れたと言う。
| レコード番号 | 47O230511 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C027 |
| 決定題名 | 仲宗根豊見親(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 安里武蒸 |
| 話者名かな | あさとたけとし |
| 生年月日 | 19181111 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県粟国村字浜 |
| 記録日 | 19810516 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 粟国T19B02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 知恵者,牛一頭の土地 |
| 梗概(こうがい) | 豊見親は勇気のあるなかなかの武士で、知恵者でもあったらしい。この人は沖縄で打ち首になりそうになった時、逃げてきたと言われる。首里城は周りを石で囲んでいるが、何回も崩れた。豊見親は、「石奉行より私(の腕)がいい」と言って、石垣を交互に積み上げたら、頑丈なものになった。殿様は喜んで、「褒美をやろう。何がよいか」と聞く。豊見親が「牛一頭分の土地をくれ」と言うと、殿様は、牛一頭なんて問題じゃない、と言って約束する。豊見親は一番大きな牛を殺し、その皮を細く切りそれを繋ぎ合わせて、今の通堂あたりの拾い土地を囲った。その土地は通堂二丁目宮古屋敷と呼ばれていた。殿様はこの知恵者を置いておくと大変だと恐れて、その人を島流しにすることにした。豊見親は六月の北風に乗って宮古へ逃れたと言う。 |
| 全体の記録時間数 | 3:29 |
| 物語の時間数 | 3:29 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |