粟国兼浜(方言)

概要

粟国兼浜は武士だった。その人が小さい時、麦わらを水につけに行ったらそこにヤンバル(山原)船が停泊していた。宮古の人たちであった。粟国に相撲をとる人はいないかときき、相撲をとらないかと言った。兼浜は、では何時いつ相撲をとるからそれまで待ちなさいと言った。兼浜は家に帰り母親に、今日からはみそ汁を飲ませてくれと頼んだ。みそ汁というのは、あの頃あまり飲まれなかった。そしてみそ汁を飲んでから、では行こうと言って、神里武士と二人出ていって下の川原で相撲をとった。すると宮古の人は負けてしまった。宮古の人は、ここの人が強いのはこの川の水を飲んでいるからだと言って、川に塩を入れた。兼浜は、那覇にご奉公に行った。そこの家は金貸しであった。津嘉山の人が金を借りていたので、主人が、「今日は自分のお供をして金を取りに行こう」と言って、金の請求に行った。そこの家の門はりっぱな門だった。ごちそうをして金貸しの主人を寝かせ、兼浜にも酒をすすめたが兼浜は飲めないと言って断わった。主人を美人の女と寝かせていた。隣のおばあさんが歌をうたっていた。ここに来た人は生きて戻る人は一人もいないよ、というような歌である。ガンガン音も聞こえてきたので不思議に思い、これは何かあるに違いない、とよく見ると盛んに穴を掘っていた。扉が閉まっていたのでお供の者は主人を外に投げ、自分も飛び越えて出ていき、助かることが出来た。津嘉山の人は裁判に掛けられ、多くの人を殺したということで成敗された。兼浜は飛び毛が生えていた。走るのも速かった。雨が降っても濡れないで家まで帰ることが出来た。

再生時間:6:23

民話詳細DATA

レコード番号 47O230074
CD番号 47O23C005  
決定題名 粟国兼浜(方言)
話者がつけた題名 粟国兼浜(方言混じり)
話者名 与那全福
話者名かな よなぜんぷく
生年月日 19031215
性別
出身地 沖縄県粟国村浜 
記録日 19760818
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 粟国T03B07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 粟国島の民話P385
キーワード 大力兼浜,相撲,歌声,落とし穴,
梗概(こうがい) 粟国兼浜は武士だった。その人が小さい時、麦わらを水につけに行ったらそこにヤンバル(山原)船が停泊していた。宮古の人たちであった。粟国に相撲をとる人はいないかときき、相撲をとらないかと言った。兼浜は、では何時いつ相撲をとるからそれまで待ちなさいと言った。兼浜は家に帰り母親に、今日からはみそ汁を飲ませてくれと頼んだ。みそ汁というのは、あの頃あまり飲まれなかった。そしてみそ汁を飲んでから、では行こうと言って、神里武士と二人出ていって下の川原で相撲をとった。すると宮古の人は負けてしまった。宮古の人は、ここの人が強いのはこの川の水を飲んでいるからだと言って、川に塩を入れた。兼浜は、那覇にご奉公に行った。そこの家は金貸しであった。津嘉山の人が金を借りていたので、主人が、「今日は自分のお供をして金を取りに行こう」と言って、金の請求に行った。そこの家の門はりっぱな門だった。ごちそうをして金貸しの主人を寝かせ、兼浜にも酒をすすめたが兼浜は飲めないと言って断わった。主人を美人の女と寝かせていた。隣のおばあさんが歌をうたっていた。ここに来た人は生きて戻る人は一人もいないよ、というような歌である。ガンガン音も聞こえてきたので不思議に思い、これは何かあるに違いない、とよく見ると盛んに穴を掘っていた。扉が閉まっていたのでお供の者は主人を外に投げ、自分も飛び越えて出ていき、助かることが出来た。津嘉山の人は裁判に掛けられ、多くの人を殺したということで成敗された。兼浜は飛び毛が生えていた。走るのも速かった。雨が降っても濡れないで家まで帰ることが出来た。
全体の記録時間数 6:29
物語の時間数 6:23
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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