年中行事 八月-十二月の行事(共通語)

概要

八月八日にトーカチ祝いをする。ヨナバーキに一斗ばかり米を積んで、これに竹を斜めに切ったトーカチをさす。慶佐次にはトーカチ祝いをした人はそんなにいない。ヨーカビというのがある。昔、あちこちで悪い死に方をした人がヨーカビには物欲しがって歩き回ると言われていた。山の上に行ってタマガイという光があがるのを見たことがある。家からその光があがるのが見えたら、この人は不幸があるといわれていた。八月七日ごろから爆竹をならす。仏壇や庭に、晩、うさぎものをする。九日にはススキの葉っぱを門につける。屋敷の隅々にこの魔除けをして入れないようにする。どこかに行く時は赤ちゃんの襟首のところにさす。八月八日から十日に豊年祭があって、根屋で踊りをする。女が芝居をして、男が踊りをする。その時、トマイヤーカ、チジュヤーなどをする。十五夜にフチヤギ餅は作らない。九月は九日にカー拝みをする。字の行事でみんな集まって盛んにやる。十月はキリシタンは産婆のところにご馳走を持っていく。11月の冬至のときは物乞いの人たちの正月だといって、冬至ジューシーメーをつくってあげた。昔は物乞いの人は多かった。子供の頃は恐かった。十二月の鬼餅は八日につくり、正月のもの一人分何日と数えて天井から下まで下げていった。これを師走餅という。十二月九日にカマトを作り変える。十二月の火消しとは、十二月に入ってからすぐ青年達が集まってあちこちに火をつけて消していた。これは字のなかに火玉が入っているからこれを追い出すものである。その時はバケツを持って家から出てくる人もいたり、ガタガタふるえている人もいた。青年たちはいつするということを教えてくれなかった。正月の準備は二十八日に豚を潰し、二十九日にいっせいに川原に出て焼く。慶佐次では200軒ほどの家で豚を飼っていた。一軒あたり一頭の豚を潰した。その豚肉は半年分、塩をつけてカメに入れて保存した。その肉は四月のアブシバレーまであった。足は四つ火をたく上にかけておき、十四日の小正月に食べた。歳の夜は年をとるといわれていて、夜通し起きていた。正月の年始まわりは人の家に先に女が行くと、その家は一年間よくないと言われていた。女から先に行くと「カリヤンジャ」と言われていた。だから今でも男から先に行く。

再生時間:18:20

民話詳細DATA

レコード番号 47O380301
CD番号 47O38C015
決定題名 年中行事 八月-十二月の行事(共通語)
話者がつけた題名
話者名 宮城カメ 新里キク 古堅マカト
話者名かな みやぎかめ しんざときく ふるげんまかと
生年月日 19130717 19070413 18921110
性別
出身地 沖縄県国頭郡東村字慶佐次
記録日 19790803
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 東村字慶佐次 T11 A02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード トーカチ祝い,ヨナバーキ,竹,トーカチ,慶佐次,ヨーカビ,タマガイと,爆竹,うさぎもの,ススキ,門,屋敷の隅々,赤ちゃん,襟首,豊年祭,根屋,芝居,トマイヤーカ,チジュヤー,カー拝み,キリシタン,産婆,ご馳走,冬至の,物乞い,冬至ジューシーメー,師走餅,カマト,火消し,豚,歳の夜,年始まわり,カリヤンジャ
梗概(こうがい) 八月八日にトーカチ祝いをする。ヨナバーキに一斗ばかり米を積んで、これに竹を斜めに切ったトーカチをさす。慶佐次にはトーカチ祝いをした人はそんなにいない。ヨーカビというのがある。昔、あちこちで悪い死に方をした人がヨーカビには物欲しがって歩き回ると言われていた。山の上に行ってタマガイという光があがるのを見たことがある。家からその光があがるのが見えたら、この人は不幸があるといわれていた。八月七日ごろから爆竹をならす。仏壇や庭に、晩、うさぎものをする。九日にはススキの葉っぱを門につける。屋敷の隅々にこの魔除けをして入れないようにする。どこかに行く時は赤ちゃんの襟首のところにさす。八月八日から十日に豊年祭があって、根屋で踊りをする。女が芝居をして、男が踊りをする。その時、トマイヤーカ、チジュヤーなどをする。十五夜にフチヤギ餅は作らない。九月は九日にカー拝みをする。字の行事でみんな集まって盛んにやる。十月はキリシタンは産婆のところにご馳走を持っていく。11月の冬至のときは物乞いの人たちの正月だといって、冬至ジューシーメーをつくってあげた。昔は物乞いの人は多かった。子供の頃は恐かった。十二月の鬼餅は八日につくり、正月のもの一人分何日と数えて天井から下まで下げていった。これを師走餅という。十二月九日にカマトを作り変える。十二月の火消しとは、十二月に入ってからすぐ青年達が集まってあちこちに火をつけて消していた。これは字のなかに火玉が入っているからこれを追い出すものである。その時はバケツを持って家から出てくる人もいたり、ガタガタふるえている人もいた。青年たちはいつするということを教えてくれなかった。正月の準備は二十八日に豚を潰し、二十九日にいっせいに川原に出て焼く。慶佐次では200軒ほどの家で豚を飼っていた。一軒あたり一頭の豚を潰した。その豚肉は半年分、塩をつけてカメに入れて保存した。その肉は四月のアブシバレーまであった。足は四つ火をたく上にかけておき、十四日の小正月に食べた。歳の夜は年をとるといわれていて、夜通し起きていた。正月の年始まわりは人の家に先に女が行くと、その家は一年間よくないと言われていた。女から先に行くと「カリヤンジャ」と言われていた。だから今でも男から先に行く。
全体の記録時間数 18:30
物語の時間数 18:20
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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