民俗 信仰と祭祀 交通(方言混じり)

概要

昭和53年に新しい道と橋ができた。昔は宮城から古島にさしかかるところに二本の丸木を渡した橋がかかっていた。牛馬はそこを渡れないので川を歩いて渡った。往来は主に川田と魚泊であるが、たまには平良まで出かけることもあった。特に川田には学校があり、通学、婦人会、芝居見物等でよく通った。街道のほか、海岸沿いも歩いて通った。港は現在の橋のふもとのところだが、遠浅のため、山原船は沖合いで待ち、そこまで小船で荷を運んだ。週一回、山原船が寄港し薪を買い取る。その際、米、そうめん、芋、いわし等のだしなどの生活物資を調達した。天気次第で山原船が来なくなったりしたので、困ることもあった。その時は部落内のもので、どうにかやりくりしていた。山原船は平安座や与那原の人が持っていて、那覇で生活物資を買いつけ、それを山原の薪と交換していた。寄港地としては有銘、平良、川田、高江、魚泊など。船は戦後数年間就航していた。郵便局は昔から平良にあった。郵便物はそこから持ってきてくれた。海の前にはたくさんの小さな御願所がある。カーも拝む。聖地は公民館横手のアシャギと平良と川田の境にあるお宮。川田、平良、宮城の祭祀としては、6月15日のルクグヮチウマチー、8月10日のウミユと柴さし、9月9日には平良と川田の境界にある御嶽で家族の健康を祈願する。村落の祭祀はない。門中の祭祀は根屋である宮城カナさんのお宅で、ウマトゥガヤーの宮城カマドさんが祈願する。門中シーミーや門中ウマチーが行なわれる。年に一度、屋敷の御願があり、その時、祖神、火の神、便所の神を拝む。魔除けとして、石敢当、獅子像 ヒンプンなど。戦前までは多くあったが、戦後、家がコンクリートでつくられるようになると少なくなった。ヒンプンは以前は竹製だった。

再生時間:15:13

民話詳細DATA

レコード番号 47O380151
CD番号 47O38C007
決定題名 民俗 信仰と祭祀 交通(方言混じり)
話者がつけた題名
話者名 宮城ツル 宮城カナ 津嘉山トシ
話者名かな みやぎつる みやぎかな つかざんとし
生年月日 19050315
性別
出身地 沖縄県国頭郡東村字宮城 沖縄県国頭郡東村字宮城魚泊 沖縄県国頭郡東村字宮城
記録日 19790802
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 東村字宮城 T05 A10 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80,90
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 宮城,古島,川田,魚泊,平良,山原船,薪,平安座,与那原,郵便局,御願所,カー,アシャギ,6月15日,ルクグヮチウマチー,8月10日,ウミユ,柴さし,9月9日,門中,根屋,ウマトゥガヤー,門中シーミー,門中ウマチー,屋敷の御願,祖神,火の神,便所の神,魔除け,石敢当,獅子像,ヒンプン
梗概(こうがい) 昭和53年に新しい道と橋ができた。昔は宮城から古島にさしかかるところに二本の丸木を渡した橋がかかっていた。牛馬はそこを渡れないので川を歩いて渡った。往来は主に川田と魚泊であるが、たまには平良まで出かけることもあった。特に川田には学校があり、通学、婦人会、芝居見物等でよく通った。街道のほか、海岸沿いも歩いて通った。港は現在の橋のふもとのところだが、遠浅のため、山原船は沖合いで待ち、そこまで小船で荷を運んだ。週一回、山原船が寄港し薪を買い取る。その際、米、そうめん、芋、いわし等のだしなどの生活物資を調達した。天気次第で山原船が来なくなったりしたので、困ることもあった。その時は部落内のもので、どうにかやりくりしていた。山原船は平安座や与那原の人が持っていて、那覇で生活物資を買いつけ、それを山原の薪と交換していた。寄港地としては有銘、平良、川田、高江、魚泊など。船は戦後数年間就航していた。郵便局は昔から平良にあった。郵便物はそこから持ってきてくれた。海の前にはたくさんの小さな御願所がある。カーも拝む。聖地は公民館横手のアシャギと平良と川田の境にあるお宮。川田、平良、宮城の祭祀としては、6月15日のルクグヮチウマチー、8月10日のウミユと柴さし、9月9日には平良と川田の境界にある御嶽で家族の健康を祈願する。村落の祭祀はない。門中の祭祀は根屋である宮城カナさんのお宅で、ウマトゥガヤーの宮城カマドさんが祈願する。門中シーミーや門中ウマチーが行なわれる。年に一度、屋敷の御願があり、その時、祖神、火の神、便所の神を拝む。魔除けとして、石敢当、獅子像 ヒンプンなど。戦前までは多くあったが、戦後、家がコンクリートでつくられるようになると少なくなった。ヒンプンは以前は竹製だった。
全体の記録時間数 15:13
物語の時間数 15:13
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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