
祖父の野里の屋敷は、内原(うちばら)と言う。昔、そこにカンカラ坊主が住んでいる内原(うちばら)と言うお寺があったと言われている。そこの道をカンカラ道と言う名がついていて、「内原カンカラ坊主、グジクヌサンダー、帯(うーび)や切(ち)りたさ、結びやならんさ、あんだかばかば、だきくみくみくみ」という、この坊主をからかった手鞠歌がある。また、そこには、上城(ういぐすく)のために人には知れないように秘密に刀打ちをしたところを隠れ鍛冶屋と言っていました。終戦後山崩れした後、屋敷造ると言って掘ったら、鍛冶屋をやった跡の鉄屑がたくさん出たという。そういう地域だから、この内原は、今から四百年ぐらい前の寺だったんじゃないかとも言われている。このカンカラ坊主が着けた袈裟が、勾玉と一緒になって内原根神という神人の衣装の中に入っている。これは琉球文化のなんかの主催で調べた時に、波之上にいらっしゃる名幸芳章先生に見てもらったら、「これもう三百年以前のお坊さんの袈裟の布に間違いない」と言っていらっしゃるわけ。この内原には七十、八十歳越えたお爺ちゃん、お婆ちゃんが小さい頃まで大きな楠木があったということを覚えていらっしゃるそうです。沖縄の楠木は、その楠木の種を植えつけして、沖縄全体に楠木を広げたということも聞いております。で、この内原は今でも神の屋敷として大切にしている。この家の屋号を東(あがり)と言う。この内原の屋敷の跡に家造ったのは私の父親の実家。そこには、池の上に仏(ふとぅき)といって、三つお坊さんみたいな袈裟を着けた焼き物の仏がある。この仏はそうはっきりは分からないが、裏を引っ繰り返して見ると、袈裟を着けた坊さんの着物を着けている。それで、坊さんだなあということが分かるんです。この仏は井戸を掘るときに、井戸の中から出てきたと言う。そしたらずっと大昔、ここに住んでいた人が、これをどこからか持ってきてあったんじゃないかと言われているんです。それでこの首が切れたもんだから、コウキ小父さんがこの首をまたセメントで丸く頭造って、ひっつけてあります。この仏は私たちが小さい時からあって、ちょうど魚を入れる籠でも持ってこうして釣りでもしているような形をしています。私たちは魚の絵を書いたのを切り取ってから紐つけて竿から垂らして、よくこうしてこれに突っ込んでやったんです。こういうのも今残っていて、うちの門中の伯母さんの内原根神がその神を祀っておる。
| レコード番号 | 47O220276 |
|---|---|
| CD番号 | 47O22C013 |
| 決定題名 | 内原のお寺(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 内原のお寺 |
| 話者名 | 大城茂子 |
| 話者名かな | おおしろしげこ |
| 生年月日 | 19211226 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県大宜味村謝名城 |
| 記録日 | 19830306 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄県口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 大宜味村謝名城T12A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 野里の屋敷,内原,カンカラ坊主,お寺,カンカラ道,からかった手鞠歌,上城,秘密に,刀打ち,隠れ鍛冶屋,鉄屑,四百年前の寺,袈裟,勾玉,内原根神,神人の衣装,波之上,名幸芳章先生,沖縄の楠木,神の屋敷,仏,三つ婚した女,夫をきらう,2人を海に連れて行く,大変寒い,女は男に抱きつく,夫振岩 |
| 梗概(こうがい) | 祖父の野里の屋敷は、内原(うちばら)と言う。昔、そこにカンカラ坊主が住んでいる内原(うちばら)と言うお寺があったと言われている。そこの道をカンカラ道と言う名がついていて、「内原カンカラ坊主、グジクヌサンダー、帯(うーび)や切(ち)りたさ、結びやならんさ、あんだかばかば、だきくみくみくみ」という、この坊主をからかった手鞠歌がある。また、そこには、上城(ういぐすく)のために人には知れないように秘密に刀打ちをしたところを隠れ鍛冶屋と言っていました。終戦後山崩れした後、屋敷造ると言って掘ったら、鍛冶屋をやった跡の鉄屑がたくさん出たという。そういう地域だから、この内原は、今から四百年ぐらい前の寺だったんじゃないかとも言われている。このカンカラ坊主が着けた袈裟が、勾玉と一緒になって内原根神という神人の衣装の中に入っている。これは琉球文化のなんかの主催で調べた時に、波之上にいらっしゃる名幸芳章先生に見てもらったら、「これもう三百年以前のお坊さんの袈裟の布に間違いない」と言っていらっしゃるわけ。この内原には七十、八十歳越えたお爺ちゃん、お婆ちゃんが小さい頃まで大きな楠木があったということを覚えていらっしゃるそうです。沖縄の楠木は、その楠木の種を植えつけして、沖縄全体に楠木を広げたということも聞いております。で、この内原は今でも神の屋敷として大切にしている。この家の屋号を東(あがり)と言う。この内原の屋敷の跡に家造ったのは私の父親の実家。そこには、池の上に仏(ふとぅき)といって、三つお坊さんみたいな袈裟を着けた焼き物の仏がある。この仏はそうはっきりは分からないが、裏を引っ繰り返して見ると、袈裟を着けた坊さんの着物を着けている。それで、坊さんだなあということが分かるんです。この仏は井戸を掘るときに、井戸の中から出てきたと言う。そしたらずっと大昔、ここに住んでいた人が、これをどこからか持ってきてあったんじゃないかと言われているんです。それでこの首が切れたもんだから、コウキ小父さんがこの首をまたセメントで丸く頭造って、ひっつけてあります。この仏は私たちが小さい時からあって、ちょうど魚を入れる籠でも持ってこうして釣りでもしているような形をしています。私たちは魚の絵を書いたのを切り取ってから紐つけて竿から垂らして、よくこうしてこれに突っ込んでやったんです。こういうのも今残っていて、うちの門中の伯母さんの内原根神がその神を祀っておる。 |
| 全体の記録時間数 | 6:51 |
| 物語の時間数 | 6:46 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |