阿麻和利 網作り 城取り(シマグチ)

概要

阿麻和利は、たいそう頭が優れていたが体が少し弱かったらしい。だから、小さいころ山に寝ていて、もうこのクバーが巣を作るのを見て、「動物たちでも、こんなにして自分の住まう家を作っているのにね。私にも出来ないはずはない。」と言って、魚を取る網を作って、「海に持って行って、魚を取ってみよう。」と行ったら、魚がたくさん取れて、「これは持って帰っても、自分一人では食べることが出来ない。」とみんなにくれたそうだ。それから、もう魚を取って来るたんびに勝連城の下の勝連の青年たちにやってもうまた網も作って与えたので、もらった人は恩義を感じて、この人の言うことは聞かないといけないさね。阿麻和利はみんなに魚をくれて、それでもう、「戦になったら集まってもらって、戦を手伝ってもらいたい。」との考えがあったわけさ。それで、阿麻和利が、その青年たちに、「私の言うことを聞きなさいよ。私が勝連城で、鉦を打って合図をしたらみんなここに集まってきなさいよ。」と頼んでいたって。これは網を作って、これたちに魚を取ってやったときから、その知恵が出ていたんだろう。そうして、もう後はいい頃合になったので、「勝連の浜に松明を持って来なさい。」ということになったって。そうして、勝連の浜で松明を火をつけて来て、みんなが集まったら、すぐに勝連城に来て、勝連城の廻りを取り囲んだからね、勝連城では、「火をつけてすぐまた戦をしかけて来るよ。これではよそには行けない。」と言って、みんな逃げる人もいるし、また隠れるもいるし、阿麻和利が勝って、勝連城を落としているらしい。そうして、このときから阿麻和利は、もうどうせすたれているさあね。あの役立たずが網を作って彼らに魚を取ってはくれている。ここの人たちをみんな臣下にして、すかしているわけさ。そうして、勝連城を落としたが、近くには中城城もあるさね、中城城には、護佐丸という按司加那志がいるでしょう。その護佐丸を滅ぼそうとしたんですね。また、離れてはいるが首里城もある。だから、また首里城も攻めて、自分のものにしようと思っていたんです。「中城をこのままにして置いていたらよくない。中城城の護佐丸を殺さなければ。」と今度はまた向こうに戦をしかける考えをして、首里城に行って嘘をついて、「護佐丸は、首里城に戦をしかけようとして、刀とか戦の道具を作っている。」と首里城に行って申し上げたわけなんですよ。首里城の王様は護佐丸の孫だから、「このまま生かしておいて、殺されるわけにはいかない。様子を見て本当かどうか確かめて来い。」と言って、首里から男を向こうに使いをやったそうだ。「本当にそうであるか、確かめてきなさい。」その人たちは道の途中で阿麻和利の部下の者に殺されて一人は残っていたかね。その生き残った使いの者がちょうど首里から野嵩バンタというところまで来て、「音するかねえ。」と聞いてみたら、そのとき中城城の門の修繕だからガンガン音がするさあね。変わりなくて修繕やっているから、「ああ、戦道具を作っている。」と言って、だから、首里に帰ると、あっちに申し上げに行ったんですよ。そして、「阿麻和利の言うとおりでした。」と言って返答したから、そうしたら、「中城城を攻めてこい。」と言って、中城城は首里城から攻められたんだよ。それで、中城城の護佐丸は、「手向かいするわけにはいかない。もうこれ最後だ。妻も子どもも殺して自分は自殺する。」と思って、もう成長した子どもたちと妻とを殺して、また物心つかない子たちを見たら、そのとき三男の盛親はまだ小さくて、何も知らないで笑うようなまだ童だから、太刀を引き抜いたら、キラキラ光るさね、それを見て、とっても喜んで笑ってね、それで、この子一人だけは殺せなくなった。それで、乳母が、「立派にお育ていたしますから、私たちにまかせてください。」と言うと、護佐丸は、「そうか、それならそうしてくれないか。あなたたちは、助かりなさいよ。」と言ったから、そうなると、三男の盛親には乳母もつくし、ヤカーもつくさね。護佐丸は、三男の盛親をヤカーと乳母に頼まれたんだ。三男は、この中城城の護佐丸の子であるが、ヤカーと乳母にくださったのだよ。そのあと、上の兄弟たちは親たちと一緒に自殺された。そしたら、首里の兵が、この盛親が見つからないので、ここら一帯を大変捜していたが、どうしても捜すことができない。また、盛親を連れたヤカーと乳母は、悪い奴らに追われていたが、もう何とか逃げたので、この悪い奴らも捜すことができなくなってしまった。ようやく無事に逃げたから、ヤカーが、「二人でね、立派に命を救ってあげますから。」と言ってね、自分の家に連れて行ったそうだが、ヤカーにもその盛親と同じ年の子がいたって。そうして、盛親を裏座に隠くしてね、もうこれは盛親だ分かったら、すぐに殺されてしまうから、自分の子には、立派な着物をきせて、盛親は家で古着を着せて遊ばせていたそうだ。そしたら、敵の者たちや、この阿麻和利は、盛親を捜し歩いていて、その子を裏座に隠しているのを知ったから、「これを生かしておいたら、また敵になるから。」と言って、首里の兵が盛親を殺そうとするが、もうこのヤカーが大変な忠義者でね、「盛親を討たせたら、首里城はなくなってしまうから。」と言って、首里の兵が、「盛親はどこにいるか。」と言ったから、「もう寝ております。」と言って返答したそうだ。そこに寝ているのは、自分の子であるが、「これが盛親である。」と自分の子を殺させて、この盛親は悪い恰好をさせてね、別のところへ逃がしてやった。その後で、中城城の護佐丸が死ぬときに、「首里に手向かいするわけにはいかない。もうこれ最後だ。妻も子どもも殺して自分は自殺する。」と護佐丸は死んだのが首里にも分かったんです。でも、中城城の護佐丸が滅びると、勝連阿麻和利の力が強くなったから、首里の王様は、「もうこれは百度踏揚を阿麻和利の妻にしないと、首里城はあれに壊されてしまうな。」と思って、自分の娘の百度踏揚を嫁にしたわけですよ。この百度踏揚と言うのは、王様の三女で中城護佐丸の妻は王様の次女だったから、この二人は姉妹だったのではないかなあ。それまで、鬼大城は摩文仁殿内の長男であってですね、この大城賢勇という人は、背も大きいしね、あんまり力が強いもんだから鬼と例えられて、鬼大城という名前を付けられているんです。それで、王女の百度踏揚のヤカーになっているんです。ヤカーと言うのは世話役のことですよ。それで、百度踏揚が歩いて行く後ろから常にお守りしながらついて歩いて、首里城にいらっしゃったんですよ。それが、百度踏揚が勝連に行くことになったから、一緒に勝連に行ったんです。そのうちに、勝連阿麻和利は首里を攻めようと計画していたから、鬼大城は、「阿麻和利はどうも落ち着かないからあやしい。」と言って、百度踏揚の世話役だから勝連城の城の上から反物でくびって、百度踏揚を下ろして、また自分は、高い城の上から飛んで下りて、それから、下駄履きで百度踏揚をおんぶしてですね、逃げて崎原御願小といって今もありますが、そこまで来て隠れて、またそこからは、首里に行く道がこっちからも行かれて、またあっちからも行かれるでしょう。そのところに隠れていて、追いかけてきた阿麻和利を先に通しておいて、またこんど野嵩バンタに行くとあっちは川も大きいし流れも速い。そこも下駄履きでね、百度踏揚をおんぶして、もう少ししたら捕らえられるところを、「ウミナイビがお歩きになる方を神様、どうか清らかにして無事に通らせてください。また、阿麻和利が後ろからついて来ますから、あれがこの川を渡るときは、石雨を降らしてちょうだい。」と念願しておる。だから、鬼大城と百度踏揚が渡った後、すぐに大きな雨が降ってね、いまにその川はジュンバ一杯して、追いかけて来た阿麻和利の馬は川を歩かれなかったそうです。鬼大城は王女の百度踏揚をおんぶして、やっと首里城まで着いたら、首里城の門は閉まっているから、「開けてちょうだい。開けてくれ。」と頼んだがね、夜が遅くまでなっているから門番は、「怪しい者が来たね。」と思って門は閉めて鍵入れているから、「首里城のウナジャラの百度踏揚を連れてきた。ここまでお連れして来たが、門を閉めたから入れん。」と言ったがそれでも門が閉まっているから鬼大城は、「門が開かないのは、ウミングワが運に見放されたと思ってくださいよ。」と太刀を抜いて、ウミングワを殺してから自分も自殺するつもりでいたら、その時には門が開いたからすぐさま百度踏揚をおんぶしたまま入り、門の閉まるのと同時に阿麻和利がずっと追い掛けてきた。それで、嫁の子も中に入れずにその門の外に立っていたという話だよ。とても阿麻和利というのは悪人だったのさ。そのころ、ちょうど護佐丸の子の盛親は丈ほどに育ったから、ヤカーは、「もう自分の子として育てて来たこの人が盛親だ。護佐丸の子である。親の仇を討て。」と言って、首里城からやらされて、その子に敵を殺させて、仇を討たせたわけさ。だから、昔は優れている人は恨まれもした。昔の本当のやり方といったら自分の子でも、妻であっても、また親戚であっても、もうこれは、なにもわからないぐらいの世の中であったと思われる。この百度踏揚と言うのは私たちの先祖ですよ。

再生時間:10:05

民話詳細DATA

レコード番号 47O361761
CD番号 47O36C066
決定題名 阿麻和利 網作り 城取り(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 宮城ウシ
話者名かな みやぎうし
生年月日 19001213
性別
出身地 沖縄県那覇市首里
記録日 19811213
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 北中城調査字渡口調査10班T31A09
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 阿麻和利,網作り,蜘蛛,勝連城,勝連,中城城,護佐丸,按司,首里城,野嵩バンタ,盛親,百度踏揚,摩文仁殿内,大城賢勇,崎原御願小
梗概(こうがい) 阿麻和利は、たいそう頭が優れていたが体が少し弱かったらしい。だから、小さいころ山に寝ていて、もうこのクバーが巣を作るのを見て、「動物たちでも、こんなにして自分の住まう家を作っているのにね。私にも出来ないはずはない。」と言って、魚を取る網を作って、「海に持って行って、魚を取ってみよう。」と行ったら、魚がたくさん取れて、「これは持って帰っても、自分一人では食べることが出来ない。」とみんなにくれたそうだ。それから、もう魚を取って来るたんびに勝連城の下の勝連の青年たちにやってもうまた網も作って与えたので、もらった人は恩義を感じて、この人の言うことは聞かないといけないさね。阿麻和利はみんなに魚をくれて、それでもう、「戦になったら集まってもらって、戦を手伝ってもらいたい。」との考えがあったわけさ。それで、阿麻和利が、その青年たちに、「私の言うことを聞きなさいよ。私が勝連城で、鉦を打って合図をしたらみんなここに集まってきなさいよ。」と頼んでいたって。これは網を作って、これたちに魚を取ってやったときから、その知恵が出ていたんだろう。そうして、もう後はいい頃合になったので、「勝連の浜に松明を持って来なさい。」ということになったって。そうして、勝連の浜で松明を火をつけて来て、みんなが集まったら、すぐに勝連城に来て、勝連城の廻りを取り囲んだからね、勝連城では、「火をつけてすぐまた戦をしかけて来るよ。これではよそには行けない。」と言って、みんな逃げる人もいるし、また隠れるもいるし、阿麻和利が勝って、勝連城を落としているらしい。そうして、このときから阿麻和利は、もうどうせすたれているさあね。あの役立たずが網を作って彼らに魚を取ってはくれている。ここの人たちをみんな臣下にして、すかしているわけさ。そうして、勝連城を落としたが、近くには中城城もあるさね、中城城には、護佐丸という按司加那志がいるでしょう。その護佐丸を滅ぼそうとしたんですね。また、離れてはいるが首里城もある。だから、また首里城も攻めて、自分のものにしようと思っていたんです。「中城をこのままにして置いていたらよくない。中城城の護佐丸を殺さなければ。」と今度はまた向こうに戦をしかける考えをして、首里城に行って嘘をついて、「護佐丸は、首里城に戦をしかけようとして、刀とか戦の道具を作っている。」と首里城に行って申し上げたわけなんですよ。首里城の王様は護佐丸の孫だから、「このまま生かしておいて、殺されるわけにはいかない。様子を見て本当かどうか確かめて来い。」と言って、首里から男を向こうに使いをやったそうだ。「本当にそうであるか、確かめてきなさい。」その人たちは道の途中で阿麻和利の部下の者に殺されて一人は残っていたかね。その生き残った使いの者がちょうど首里から野嵩バンタというところまで来て、「音するかねえ。」と聞いてみたら、そのとき中城城の門の修繕だからガンガン音がするさあね。変わりなくて修繕やっているから、「ああ、戦道具を作っている。」と言って、だから、首里に帰ると、あっちに申し上げに行ったんですよ。そして、「阿麻和利の言うとおりでした。」と言って返答したから、そうしたら、「中城城を攻めてこい。」と言って、中城城は首里城から攻められたんだよ。それで、中城城の護佐丸は、「手向かいするわけにはいかない。もうこれ最後だ。妻も子どもも殺して自分は自殺する。」と思って、もう成長した子どもたちと妻とを殺して、また物心つかない子たちを見たら、そのとき三男の盛親はまだ小さくて、何も知らないで笑うようなまだ童だから、太刀を引き抜いたら、キラキラ光るさね、それを見て、とっても喜んで笑ってね、それで、この子一人だけは殺せなくなった。それで、乳母が、「立派にお育ていたしますから、私たちにまかせてください。」と言うと、護佐丸は、「そうか、それならそうしてくれないか。あなたたちは、助かりなさいよ。」と言ったから、そうなると、三男の盛親には乳母もつくし、ヤカーもつくさね。護佐丸は、三男の盛親をヤカーと乳母に頼まれたんだ。三男は、この中城城の護佐丸の子であるが、ヤカーと乳母にくださったのだよ。そのあと、上の兄弟たちは親たちと一緒に自殺された。そしたら、首里の兵が、この盛親が見つからないので、ここら一帯を大変捜していたが、どうしても捜すことができない。また、盛親を連れたヤカーと乳母は、悪い奴らに追われていたが、もう何とか逃げたので、この悪い奴らも捜すことができなくなってしまった。ようやく無事に逃げたから、ヤカーが、「二人でね、立派に命を救ってあげますから。」と言ってね、自分の家に連れて行ったそうだが、ヤカーにもその盛親と同じ年の子がいたって。そうして、盛親を裏座に隠くしてね、もうこれは盛親だ分かったら、すぐに殺されてしまうから、自分の子には、立派な着物をきせて、盛親は家で古着を着せて遊ばせていたそうだ。そしたら、敵の者たちや、この阿麻和利は、盛親を捜し歩いていて、その子を裏座に隠しているのを知ったから、「これを生かしておいたら、また敵になるから。」と言って、首里の兵が盛親を殺そうとするが、もうこのヤカーが大変な忠義者でね、「盛親を討たせたら、首里城はなくなってしまうから。」と言って、首里の兵が、「盛親はどこにいるか。」と言ったから、「もう寝ております。」と言って返答したそうだ。そこに寝ているのは、自分の子であるが、「これが盛親である。」と自分の子を殺させて、この盛親は悪い恰好をさせてね、別のところへ逃がしてやった。その後で、中城城の護佐丸が死ぬときに、「首里に手向かいするわけにはいかない。もうこれ最後だ。妻も子どもも殺して自分は自殺する。」と護佐丸は死んだのが首里にも分かったんです。でも、中城城の護佐丸が滅びると、勝連阿麻和利の力が強くなったから、首里の王様は、「もうこれは百度踏揚を阿麻和利の妻にしないと、首里城はあれに壊されてしまうな。」と思って、自分の娘の百度踏揚を嫁にしたわけですよ。この百度踏揚と言うのは、王様の三女で中城護佐丸の妻は王様の次女だったから、この二人は姉妹だったのではないかなあ。それまで、鬼大城は摩文仁殿内の長男であってですね、この大城賢勇という人は、背も大きいしね、あんまり力が強いもんだから鬼と例えられて、鬼大城という名前を付けられているんです。それで、王女の百度踏揚のヤカーになっているんです。ヤカーと言うのは世話役のことですよ。それで、百度踏揚が歩いて行く後ろから常にお守りしながらついて歩いて、首里城にいらっしゃったんですよ。それが、百度踏揚が勝連に行くことになったから、一緒に勝連に行ったんです。そのうちに、勝連阿麻和利は首里を攻めようと計画していたから、鬼大城は、「阿麻和利はどうも落ち着かないからあやしい。」と言って、百度踏揚の世話役だから勝連城の城の上から反物でくびって、百度踏揚を下ろして、また自分は、高い城の上から飛んで下りて、それから、下駄履きで百度踏揚をおんぶしてですね、逃げて崎原御願小といって今もありますが、そこまで来て隠れて、またそこからは、首里に行く道がこっちからも行かれて、またあっちからも行かれるでしょう。そのところに隠れていて、追いかけてきた阿麻和利を先に通しておいて、またこんど野嵩バンタに行くとあっちは川も大きいし流れも速い。そこも下駄履きでね、百度踏揚をおんぶして、もう少ししたら捕らえられるところを、「ウミナイビがお歩きになる方を神様、どうか清らかにして無事に通らせてください。また、阿麻和利が後ろからついて来ますから、あれがこの川を渡るときは、石雨を降らしてちょうだい。」と念願しておる。だから、鬼大城と百度踏揚が渡った後、すぐに大きな雨が降ってね、いまにその川はジュンバ一杯して、追いかけて来た阿麻和利の馬は川を歩かれなかったそうです。鬼大城は王女の百度踏揚をおんぶして、やっと首里城まで着いたら、首里城の門は閉まっているから、「開けてちょうだい。開けてくれ。」と頼んだがね、夜が遅くまでなっているから門番は、「怪しい者が来たね。」と思って門は閉めて鍵入れているから、「首里城のウナジャラの百度踏揚を連れてきた。ここまでお連れして来たが、門を閉めたから入れん。」と言ったがそれでも門が閉まっているから鬼大城は、「門が開かないのは、ウミングワが運に見放されたと思ってくださいよ。」と太刀を抜いて、ウミングワを殺してから自分も自殺するつもりでいたら、その時には門が開いたからすぐさま百度踏揚をおんぶしたまま入り、門の閉まるのと同時に阿麻和利がずっと追い掛けてきた。それで、嫁の子も中に入れずにその門の外に立っていたという話だよ。とても阿麻和利というのは悪人だったのさ。そのころ、ちょうど護佐丸の子の盛親は丈ほどに育ったから、ヤカーは、「もう自分の子として育てて来たこの人が盛親だ。護佐丸の子である。親の仇を討て。」と言って、首里城からやらされて、その子に敵を殺させて、仇を討たせたわけさ。だから、昔は優れている人は恨まれもした。昔の本当のやり方といったら自分の子でも、妻であっても、また親戚であっても、もうこれは、なにもわからないぐらいの世の中であったと思われる。この百度踏揚と言うのは私たちの先祖ですよ。
全体の記録時間数 10:47
物語の時間数 10:05
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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