
これはちょうど、この歌の通りだよ。今でこそ継子とか継親ということもないが、昔だったらもう大変な差別があった。昔の継子と継親の事だけど、男の子を一人産んでその親は死んでしまったので、父親は後妻を迎えていた。その親は、病気ではないんだが病気だと言って、「もう私は是非、人の生き肝を取って来て食べない限り、私の病気は治らない」と。もう誰も生き肝を取れる人は居ない、自分の子どもにしか頼れないから、この継子にしか頼れないから、これを殺しなさいと。それで、どうして殺そうかということになったが。 今度は墓参りに行く時に、「墓参りに行っている時にこういうふうに殺して、肝を取りなさい」と。そこには下男といって使用人がいたって。そういうことでそこの下男達を使って殺させようとしたら、もうその母親がそこに化けて出て来て、継子を殺しに来た下男達は全員殺されて、そこの墓で死んだ。その継子が帰って来たので「お前は死んだのかと思ったら、生きていたのか」と、その継親が継子に言った。それから今度は、仲順大主という、この後生の成り行きの分かる仲順大主という人を頼って行って、「私は五歳の年に母親を亡くして、七つになったら思い出して親の顔が見たいんですが、どうしたらいいんでしょうか。私の親に会わせて下さい」と言うと「お前の親は常日頃は拝むことは出来ないよ、七月七夕の中の日の十日に、旧の七月七日から十日の間に見ることが出来るから、竹管を七つ切って準備しておきなさい、その時に見せてあげるから」と。そしてその時に墓参りをしに行った時に、七つの竹管で袖の中から見てみると、お母さんを拝むことが出来たそうだ。そうしたら、「お前はまだ子ども、どうしてここに来たのか」「私は継親に仕えることは出来ません、私もお母さんの側に呼んで下さい」と言うと「お前は今は早いよ。お前が居なくなると困るので、是非とも帰りなさい」と言った。「私は継親に仕えることは出来ないので、一緒に側においてほしい」と願うと「お前を共にすることは出来ないから、七月も来て、正月も来るし、そうしたら誰がここに御茶湯と水を供えるか。夏には急に夕立になり雨が降る事があるでしょう、夏の雨が降ったら母親の涙と思いなさい、七月、正月にはトンボになって受け取りに来なさい」と。「蝶になって受け取りに来なさい」と、その子どもを説得して帰した。そうしたらこの継親達は、その子を殺そうと思って連れに来た。継子を生かしていけないと殺しに来た。すると死んだ母親が子どもを助けて継親達はすぐそこで殺して、幽霊が生きている人を殺して子どもを助けたという話です。
| レコード番号 | 47O375035 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C215 |
| 決定題名 | 継子話 生肝(方言) |
| 話者がつけた題名 | 継子話 |
| 話者名 | 我謝ツル |
| 話者名かな | がじゃつる |
| 生年月日 | 19010310 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村大木 |
| 記録日 | 19770224 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第9班 |
| 元テープ番号 | 読谷村渡具知T06A13 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 継子,継親,差別,親は死んだ,父親,後妻,病気,人の生き肝,墓参り,下男,仲順大主,七月七夕,竹管,正月,御茶湯,水 |
| 梗概(こうがい) | これはちょうど、この歌の通りだよ。今でこそ継子とか継親ということもないが、昔だったらもう大変な差別があった。昔の継子と継親の事だけど、男の子を一人産んでその親は死んでしまったので、父親は後妻を迎えていた。その親は、病気ではないんだが病気だと言って、「もう私は是非、人の生き肝を取って来て食べない限り、私の病気は治らない」と。もう誰も生き肝を取れる人は居ない、自分の子どもにしか頼れないから、この継子にしか頼れないから、これを殺しなさいと。それで、どうして殺そうかということになったが。 今度は墓参りに行く時に、「墓参りに行っている時にこういうふうに殺して、肝を取りなさい」と。そこには下男といって使用人がいたって。そういうことでそこの下男達を使って殺させようとしたら、もうその母親がそこに化けて出て来て、継子を殺しに来た下男達は全員殺されて、そこの墓で死んだ。その継子が帰って来たので「お前は死んだのかと思ったら、生きていたのか」と、その継親が継子に言った。それから今度は、仲順大主という、この後生の成り行きの分かる仲順大主という人を頼って行って、「私は五歳の年に母親を亡くして、七つになったら思い出して親の顔が見たいんですが、どうしたらいいんでしょうか。私の親に会わせて下さい」と言うと「お前の親は常日頃は拝むことは出来ないよ、七月七夕の中の日の十日に、旧の七月七日から十日の間に見ることが出来るから、竹管を七つ切って準備しておきなさい、その時に見せてあげるから」と。そしてその時に墓参りをしに行った時に、七つの竹管で袖の中から見てみると、お母さんを拝むことが出来たそうだ。そうしたら、「お前はまだ子ども、どうしてここに来たのか」「私は継親に仕えることは出来ません、私もお母さんの側に呼んで下さい」と言うと「お前は今は早いよ。お前が居なくなると困るので、是非とも帰りなさい」と言った。「私は継親に仕えることは出来ないので、一緒に側においてほしい」と願うと「お前を共にすることは出来ないから、七月も来て、正月も来るし、そうしたら誰がここに御茶湯と水を供えるか。夏には急に夕立になり雨が降る事があるでしょう、夏の雨が降ったら母親の涙と思いなさい、七月、正月にはトンボになって受け取りに来なさい」と。「蝶になって受け取りに来なさい」と、その子どもを説得して帰した。そうしたらこの継親達は、その子を殺そうと思って連れに来た。継子を生かしていけないと殺しに来た。すると死んだ母親が子どもを助けて継親達はすぐそこで殺して、幽霊が生きている人を殺して子どもを助けたという話です。 |
| 全体の記録時間数 | 4:41 |
| 物語の時間数 | 4:41 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |