
モーイ親方はちょっと変わった人だったんでしょうね。小さいときから隠れ武士だったようだ。何もかも分かっていたんだが、人の前では自分の能力は表さなかった。昔は、それに隠れ武士と言っていた。知らないふりをして、何もかも分かっていた。モーイ親方は、何でも反対のことをするわけ。道の側に小便をするでしょう。「ここに小便したら罰金。」との立看板があったらしい。すると、そこに向かって小便したら、侍が「お前、それではいけないよ。」と言った。「どうして、ここにやってもお金を払えば、罰金を払えば良いのではないですか。小便をしてはいけないならやってはいけないと書くのであって、どうしてそのように書くのか。」ということだった。それから、人が見えないところで勉強をやっていた。いつも鶏を持って遊んで、鶏を持って遊んで、勉強は見えない所でやったらしい。それで、伊野波のモーイは鶏を持って遊ぶほどの馬鹿だと言われていたようだ。また、父親が「煙草は一吹きずつ吸うんだよ。」と言ったので「一吹きだったらいいでしょう。」と、たくさん入れて、煙らせて、父親に叱られた。「どうして、お父さんが一吹きずつ吸いなさいと言ったのではないですか。」と、理屈ばかり並べていた。そうしているうちに、薩摩から藁綱を綯って持って来なさい、恩納岳御用、雄鶏の卵を持って来なさいと命令がきた。沖縄は馬鹿にされていたんでしょう。もう首里親国の役人たちが揃って、どうするかと集まっては別れたりして協議をしていた。モーイ親方が、父親に「お父さん、私が行きます。」と言うと、「お前がもできるか、お前にはできないよ。」と、親は反対した。また、ある役人は、「伊野波のモーイを行かせると迷惑する。」と言っていたが、またある人が、「まず行くというのであれば行かせると良い。」と、薩摩へやった。すると色々な問題をちゃんと理屈で解いたって。そこで、「私の父親が来ることになっていましたが、出発間際に産気づいて来れなくて私が来ました。」と言ったので、「男でも子を生むのか。」とね。「それでは雄鶏は卵を産みますか。」と答えた。それから、また、「恩納岳を持って来ようと那覇港までは持って来たが、それを載せる船がないので、大きな船を貸して下さい。」と、これも解いたわけだ。もうひとつ藁綱は綱を持って来たらね、これで、何もかも解いたらしい。勤めを果たしたらしいよ。
| レコード番号 | 47O374457 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C193 |
| 決定題名 | モーイ親方 小便 勉強 煙草 難題(共通語混) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 名嘉真光子 |
| 話者名かな | なかまみつこ |
| 生年月日 | 19050504 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長田 |
| 記録日 | 19950121 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村長田T04A04 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集13 大木・長田・牧原の民話P300 |
| キーワード | モーイ親方,変わった人,隠れ武士,反対,道の側に小便,小便したら罰金,立看板,罰金を払えば良い,勉強,鶏,伊野波のモーイ,馬鹿,煙草は一吹き,理屈,薩摩,藁綱,恩納岳御用,雄鶏の卵,首里親国の役人,問題をち屈で解いた,産気づく,雄鶏は卵を産みますか,を載せる船がない,勤めを果たした |
| 梗概(こうがい) | モーイ親方はちょっと変わった人だったんでしょうね。小さいときから隠れ武士だったようだ。何もかも分かっていたんだが、人の前では自分の能力は表さなかった。昔は、それに隠れ武士と言っていた。知らないふりをして、何もかも分かっていた。モーイ親方は、何でも反対のことをするわけ。道の側に小便をするでしょう。「ここに小便したら罰金。」との立看板があったらしい。すると、そこに向かって小便したら、侍が「お前、それではいけないよ。」と言った。「どうして、ここにやってもお金を払えば、罰金を払えば良いのではないですか。小便をしてはいけないならやってはいけないと書くのであって、どうしてそのように書くのか。」ということだった。それから、人が見えないところで勉強をやっていた。いつも鶏を持って遊んで、鶏を持って遊んで、勉強は見えない所でやったらしい。それで、伊野波のモーイは鶏を持って遊ぶほどの馬鹿だと言われていたようだ。また、父親が「煙草は一吹きずつ吸うんだよ。」と言ったので「一吹きだったらいいでしょう。」と、たくさん入れて、煙らせて、父親に叱られた。「どうして、お父さんが一吹きずつ吸いなさいと言ったのではないですか。」と、理屈ばかり並べていた。そうしているうちに、薩摩から藁綱を綯って持って来なさい、恩納岳御用、雄鶏の卵を持って来なさいと命令がきた。沖縄は馬鹿にされていたんでしょう。もう首里親国の役人たちが揃って、どうするかと集まっては別れたりして協議をしていた。モーイ親方が、父親に「お父さん、私が行きます。」と言うと、「お前がもできるか、お前にはできないよ。」と、親は反対した。また、ある役人は、「伊野波のモーイを行かせると迷惑する。」と言っていたが、またある人が、「まず行くというのであれば行かせると良い。」と、薩摩へやった。すると色々な問題をちゃんと理屈で解いたって。そこで、「私の父親が来ることになっていましたが、出発間際に産気づいて来れなくて私が来ました。」と言ったので、「男でも子を生むのか。」とね。「それでは雄鶏は卵を産みますか。」と答えた。それから、また、「恩納岳を持って来ようと那覇港までは持って来たが、それを載せる船がないので、大きな船を貸して下さい。」と、これも解いたわけだ。もうひとつ藁綱は綱を持って来たらね、これで、何もかも解いたらしい。勤めを果たしたらしいよ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:46 |
| 物語の時間数 | 3:46 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |