
中城若松は首里生まれだと思うのだが、中城生まれだったという話もあるわけさあ。若松が若い時の話だったと思うのだが、それは芝居で見て知っている。その話は、年寄りから聞いたのではない。その頃の話としては、支那に学問(勉強)しに行くという話もよくあった。その人も首里あたりの士族出身だったそうだ。当時は、平民が支那などに勉強しに行く人もいたはずだが、平民からは上がることはできない。ウンタマギルーも「地頭代までしか上がれない。」と言われたから、盗人になったという話さあね。だからその頃は、学問ができるからといって、誰でも出世できるという世の中ではなかったらしい。だけど、中城若松というのは、士族だったんでしょうね。その人は首里の方に勤めていたそうだ。そこに通っている時の話だった。首里勤めしていて通っているうちに、ある所で夜になり暗くなったらしい。暗くなって行く先もあまり見えず歩きにくくなっている時に、明かりが見えたそうだ。その民家に入って行ったら、美しい女性がいたって。その女性は、実は死んだ人だった。死んでいるのだが、生きている人みたいに、中城若松を望んでいたという話だよ。そうして、明かりのついている民家に入って行った。入って行く時には、中にいるその女性を後生の人とは思わなかったんでしょう。それで話をしていくうちに女性に、「ここに泊まっていって下さい。」と言われた。もうその時から、「はあ、これは後生の者だな。」と分かり、どうしても逃れなければいけないと考えた。そのうちに女性から恋話が出たので、「私はここに泊まることはできないから、行かせてくれ。」と断わるのだが、「どうしても泊まって下さい。」と聞き入れてくれなかった。女性としては、一晩だけでも一緒に過ごしたいという様子で願ったのだが、若松は聞き入れなかった。もう何度願っても聞き入れてくれなかったので、『男(いきが)生(う)まりとてぃ恋(くい)知らぬ者(むぬ)や〔男に生まれて恋知らぬ者は〕玉ぬ盃(さかぢち)ぬ底(すく)ん見らぬ〔玉の盃の底も見えぬ〕。』と女性が歌った。すると、若松は、『女(いなぐ)生(う)まりとてぃ義理(じり)知らん者(むぬ)や〔女に生まれて義理知らぬ者は〕うりる此(く)ぬ世(ゆ)ぬ中ぬ地獄定み〔これこそ世の中の地獄のようだ〕。』と返した。そうして、その時からは逃げるつもりで、そう言って逃げたようだ。しかし、女性はずっと追って来たって。若松は首里勤めだったはずだが、那覇の波上宮(注 )の所までずっと追われて来た。波上宮まで逃げ延びて来たら、波上宮には長老がいたそうだ。それでも女がどこまでも追って来たので、「こうこういうことで、私はこのように追われて来たのだが、匿ってくれ。」と、坊主の所に駆け込んで行った。そうして今度は、そこには銅鑼鐘、開静の鐘と名が付いていたようだが。そのような吊り鐘には銅鑼鐘と言っていたよ。その鐘の中に隠れたら、後生の女は隠れているのは分かるのだが、どうすることもできなかった。そうしているうちに坊主達が経文を読み始め、後生の女は退散したって。そうして若松は鐘の中から出たという話だよ。
| レコード番号 | 47O374347 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C189 |
| 決定題名 | 中城若松(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 勢理客宗武 |
| 話者名かな | せりきゃくそうぶ |
| 生年月日 | 18931003 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村牧原 |
| 記録日 | 19761219 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村牧原T01B07 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集13 大木・長田・牧原の民話P235 |
| キーワード | 中城若松,首里生まれ,中城生まれ,支那に学問,首里あたりの士族出身,ウンタマギルー,地頭代,盗人,美しい女性,女性から恋話,波上宮まで逃げ延びて来た,長老,坊主,銅鑼鐘,開静の鐘,吊り鐘,鐘の中に隠れた,後生の女,経文 |
| 梗概(こうがい) | 中城若松は首里生まれだと思うのだが、中城生まれだったという話もあるわけさあ。若松が若い時の話だったと思うのだが、それは芝居で見て知っている。その話は、年寄りから聞いたのではない。その頃の話としては、支那に学問(勉強)しに行くという話もよくあった。その人も首里あたりの士族出身だったそうだ。当時は、平民が支那などに勉強しに行く人もいたはずだが、平民からは上がることはできない。ウンタマギルーも「地頭代までしか上がれない。」と言われたから、盗人になったという話さあね。だからその頃は、学問ができるからといって、誰でも出世できるという世の中ではなかったらしい。だけど、中城若松というのは、士族だったんでしょうね。その人は首里の方に勤めていたそうだ。そこに通っている時の話だった。首里勤めしていて通っているうちに、ある所で夜になり暗くなったらしい。暗くなって行く先もあまり見えず歩きにくくなっている時に、明かりが見えたそうだ。その民家に入って行ったら、美しい女性がいたって。その女性は、実は死んだ人だった。死んでいるのだが、生きている人みたいに、中城若松を望んでいたという話だよ。そうして、明かりのついている民家に入って行った。入って行く時には、中にいるその女性を後生の人とは思わなかったんでしょう。それで話をしていくうちに女性に、「ここに泊まっていって下さい。」と言われた。もうその時から、「はあ、これは後生の者だな。」と分かり、どうしても逃れなければいけないと考えた。そのうちに女性から恋話が出たので、「私はここに泊まることはできないから、行かせてくれ。」と断わるのだが、「どうしても泊まって下さい。」と聞き入れてくれなかった。女性としては、一晩だけでも一緒に過ごしたいという様子で願ったのだが、若松は聞き入れなかった。もう何度願っても聞き入れてくれなかったので、『男(いきが)生(う)まりとてぃ恋(くい)知らぬ者(むぬ)や〔男に生まれて恋知らぬ者は〕玉ぬ盃(さかぢち)ぬ底(すく)ん見らぬ〔玉の盃の底も見えぬ〕。』と女性が歌った。すると、若松は、『女(いなぐ)生(う)まりとてぃ義理(じり)知らん者(むぬ)や〔女に生まれて義理知らぬ者は〕うりる此(く)ぬ世(ゆ)ぬ中ぬ地獄定み〔これこそ世の中の地獄のようだ〕。』と返した。そうして、その時からは逃げるつもりで、そう言って逃げたようだ。しかし、女性はずっと追って来たって。若松は首里勤めだったはずだが、那覇の波上宮(注 )の所までずっと追われて来た。波上宮まで逃げ延びて来たら、波上宮には長老がいたそうだ。それでも女がどこまでも追って来たので、「こうこういうことで、私はこのように追われて来たのだが、匿ってくれ。」と、坊主の所に駆け込んで行った。そうして今度は、そこには銅鑼鐘、開静の鐘と名が付いていたようだが。そのような吊り鐘には銅鑼鐘と言っていたよ。その鐘の中に隠れたら、後生の女は隠れているのは分かるのだが、どうすることもできなかった。そうしているうちに坊主達が経文を読み始め、後生の女は退散したって。そうして若松は鐘の中から出たという話だよ。 |
| 全体の記録時間数 | 4:59 |
| 物語の時間数 | 4:59 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |