
吉屋チルーの話をします。吉屋チルーは読谷の喜名に生まれた。そこの家も貧しい家庭で、お母さんがたいへん重い病気にかかっているが、もう薬も買ってあげるお金もなかった。それでお父さんは大変心をいためて、「薬を飲まさないと死んでしまうし、どうしようチルー。」というと、チルーは「ねえお父さん、それならばお金もないことだし、お母さんの命を助けるためには、私は花の島に行ってもいいですから、私をジュリ(注 )として売って下さいお父さん。」と言ったようだ。お母さんに薬を買ってあげるには、「お金があってこそ命も助けることができるので。」と言った。するとお父さんも大変哀れに思っているが、「チルー、あなたはお母さんを助けるためと思って、辻に行って働いてくれよな。」ということになって。そうして親子で那覇ヘジュリとして売られに行く途中、比謝橋に来ると、そのチルーは大変頭が良くて歌が上手であったらしいんだが。あのう比謝橋の橋まで来ると、歌を詠んだ。『恨む比謝橋(ひじゃばし)や 誰(たる)が架きてぃ(うちぇさ)〔恨めしい比謝橋は 誰が架けたのだろうか〕私(わん)渡(わた)さとぅむてぃ 架きてぃうちぇさ〔私を渡そうとして架けてあるよ〕』と歌を詠んだので、お父さんはとても驚いて、「お前は歌を詠むことができるんだな。」と。で、もう連れて行って、那覇の辻にジュリとして売られたらしいんですが。チルーは大層歌を詠むのが上手で、歌を詠んで、その歌を返せる客には、誰となく呼ばれていたらしいんだが。仲里のウメーぐゎーという首里の人に呼ばれて、二人はたいそういい仲になっていたらしいんだが。ジュリアンマーが、金儲けのために悪企みをしてしまった。ニンブチャーに客として呼ばれたのでチルーは、もう自分は汚れてしまっているのだから、ニンブチャーにまでもお金で呼ばれてしまったのだからと悲観してしまった。チルーがそういうことになったので、仲里御殿のもうウメーは悲しがった。その後、チルーは死んでしまったのでしょうね。チルーのお兄さんが遺骨を取りに行って、担いで、喜名に帰ろうとする途中だったらしい。仲里御殿は建物を造ってあったようで「御殿の名前をどのように名づけたらいいのか。」と大変悩んでいたらしい。その時にチルーは死んで遺骨になっているのにもかかわらず、歌を詠んだらしい。チルーの遺骨を持って帰る時に、仲里御殿の(名前をつける歌を)、遺骨になってから歌っていたらしいんですが。吉屋チルー、はっきりは分かりません。
| レコード番号 | 47O374305 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C187 |
| 決定題名 | 吉屋チルー(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 比嘉静 |
| 話者名かな | ひがしず |
| 生年月日 | 19151017 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村大湾 |
| 記録日 | 19770508 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村大木T04B04 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集13 大木・長田・牧原の民話P165 |
| キーワード | 吉屋チルー,読谷の喜名に生まれた,貧しい家庭,お母さんが重い病気,薬も買うお金もない,お父さんは大変心をいためた,ジュリ,比謝橋,大変頭が良くて歌が上手,那覇の辻,仲里のウメーぐゎー,首里の人,いい仲,ジュリアンマー,金儲け,悪企み,ニンブチャー,遺骨,御殿の名前 |
| 梗概(こうがい) | 吉屋チルーの話をします。吉屋チルーは読谷の喜名に生まれた。そこの家も貧しい家庭で、お母さんがたいへん重い病気にかかっているが、もう薬も買ってあげるお金もなかった。それでお父さんは大変心をいためて、「薬を飲まさないと死んでしまうし、どうしようチルー。」というと、チルーは「ねえお父さん、それならばお金もないことだし、お母さんの命を助けるためには、私は花の島に行ってもいいですから、私をジュリ(注 )として売って下さいお父さん。」と言ったようだ。お母さんに薬を買ってあげるには、「お金があってこそ命も助けることができるので。」と言った。するとお父さんも大変哀れに思っているが、「チルー、あなたはお母さんを助けるためと思って、辻に行って働いてくれよな。」ということになって。そうして親子で那覇ヘジュリとして売られに行く途中、比謝橋に来ると、そのチルーは大変頭が良くて歌が上手であったらしいんだが。あのう比謝橋の橋まで来ると、歌を詠んだ。『恨む比謝橋(ひじゃばし)や 誰(たる)が架きてぃ(うちぇさ)〔恨めしい比謝橋は 誰が架けたのだろうか〕私(わん)渡(わた)さとぅむてぃ 架きてぃうちぇさ〔私を渡そうとして架けてあるよ〕』と歌を詠んだので、お父さんはとても驚いて、「お前は歌を詠むことができるんだな。」と。で、もう連れて行って、那覇の辻にジュリとして売られたらしいんですが。チルーは大層歌を詠むのが上手で、歌を詠んで、その歌を返せる客には、誰となく呼ばれていたらしいんだが。仲里のウメーぐゎーという首里の人に呼ばれて、二人はたいそういい仲になっていたらしいんだが。ジュリアンマーが、金儲けのために悪企みをしてしまった。ニンブチャーに客として呼ばれたのでチルーは、もう自分は汚れてしまっているのだから、ニンブチャーにまでもお金で呼ばれてしまったのだからと悲観してしまった。チルーがそういうことになったので、仲里御殿のもうウメーは悲しがった。その後、チルーは死んでしまったのでしょうね。チルーのお兄さんが遺骨を取りに行って、担いで、喜名に帰ろうとする途中だったらしい。仲里御殿は建物を造ってあったようで「御殿の名前をどのように名づけたらいいのか。」と大変悩んでいたらしい。その時にチルーは死んで遺骨になっているのにもかかわらず、歌を詠んだらしい。チルーの遺骨を持って帰る時に、仲里御殿の(名前をつける歌を)、遺骨になってから歌っていたらしいんですが。吉屋チルー、はっきりは分かりません。 |
| 全体の記録時間数 | 3:15 |
| 物語の時間数 | 3:15 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |