
城間ナーカは大変裕福だった。戦前は那覇に行くにも城間の道を通って行っていた。(それほどに土地があった)山も、もうずっと海の近くまで、城間ナーカの土地だった。それはもう二万坪もあったんじゃないかな。田や山野も多く所有していた。そこはもう、昔からの財産家だったのか、そういうふうにすごい金持ちだったらしいが。ある日、下男達に、田の草を刈りに行かせたようだね。城間ナーカの土地は二、三千坪とか。二万坪あるといっても、全部を自分でやっているということではなく、貸したりもしていた。土地も合わせると。土地もすべて計算すると、もうどのくらいになるのかは知らないが、二、三万坪もあったと思う。二十四、五人もの下男が、稲が生える頃に田の草を取りに行ったようだが。ここの主人のタンメーは畑の真ん中に酒を入れた一升徳利を置いて、立派に草を取り、怠けずに早く刈り取らせることができたそうだよ。田の真ん中に一升徳利を置いて、そこまで早くきれいに取って行けば、酒が飲めるわけだからね。全員。そうして、真ん中に置いてある酒を飲んで、草を残したまま帰って行ったんでしょうね。下男達が家に戻ったら、「お前達はまだ済んでないから、もう一度取って来なさい。」と、行かされたようだね。酒があるものだから、早く終わりたいばかりに、きれいに取らずに酒を飲んだということで、またも行かされたわけさあ。そうして、またも行かされたので、その時はきれいにやったのか。良い人でもあったって、そこの家族は全員、嫁も。十四、五人もの下男を賄って、また畑にも一緒に行って、薪を拾ったりもしていたそうだ。小枝なども拾ってきては薪として燃やしていた。そういうふうに畑や薪取りにも一緒に行き来したりしていたらしい。城間ナーカの嫁・カマルは大変気丈な方だったらしい。今度は、大晦日に、台所にいる女中達は食事の支度をしているのに、見なかったんでしょうね。いつ入ったのか知らないが、盗人がそこから入って、天井にゆっくりと上がって行った。タンメーは横になって寝ていたのでしょう、それを見ていたが知らないふりをしていた。そして、大晦日の供え物や飾り物、肉や御飯を準備していたら、「今日の夕飯はいつもの人数分より、ひとつは多く入れなさいよ。」とタンメーは女中達に言った。もう女中は目を丸くして、辺りをぐるぐる見回した。一人分は多く入れなさいよとおっしゃったのでね。夕飯時になったので、「はい、天井に昇っている青年も下りて来なさい。」と、もうタンメーが言うと、盗人に入った青年は驚いて、長いこと下りて来なかった。後はもう、恐れはばかり、恐ろしくなって、下りて来た。「ここに来なさい。」と、タンメーの近くに呼んで、「お前は何者か。どういう成り行きで、人の家の天井に昇ったのか。」と言われた。「あの、実は私はもう那覇で人力車夫をしている者です。子供も何人もいるのですが、大晦日だというのに食べる物もなければ、何にも買うお金もない。やっと命を繋いでいるだけというほどの生活をしています。子供達も多く、車引きだけでは、もう正月をすることもできません。貴方の家に入ったら、何か少しでも正月の足しにできるような物が拝借できるかもしれないと思って忍び込みました。」と答えた。そして、「だったら、お前は子供は何人いるのか。」と言われたので、「ああ、何人いますよ。」と答えた。「ああ、そうか。」と。それから「もうよろしい、使いの者も一緒に行って来なさい。」と。嘘かもしれないと思って、使いの男を二人ばかり、本人も含めて三人行かせた。そして使いに行って来た男が、「あの家族の生活というのは、本当に苦しい状態にあります。」と報告したので、「よろしい。」と。盗人と使いの者はまた戻って来て、那覇で車引きをしていたという本人の言葉は嘘ではないということが分かっているのだから。「本当にこの人の言う通りです。苦しい立場にあります。もう腹を空かせて苦しい立場です。」と使いの者が報告したから、米と肉をたくさん、四、五斤ほどだったのか、大根なども持たせた。それで、「正月をする物は貸してあげるから。」と、正月もさせてあげた。それからまた、この城間ナーカが使ったようだね、この人を。そこの下男として、子供達も一緒に住み込みで働いたそうだ。そういうふうな人達を、使ったようだね。そのようにして、城間ナーカは貧しい者を助けていた。寒くしている者には着物をつけさせて、おなかを空かせている者には食物を与えて、というほどに良い精神の持ち主であられた。それで、富は保たれているということだよ。富は減らない、だんだん勝るばかりだったって。それは、そういう心だから、人間というのはね。だから、貧しいからといって、馬鹿にでもしたら大変なことだよ。もういかなるどんな人でも、金持ちでも羨ましがるものではない。子供がたくさんいるといって、羨ましがるものでもない。人の心というのは、体は丈夫でなくても五、六十年、七十年も経ってから分かるんであってね。また悪い事をすれば、親兄弟に尾を引くこともあるし。これは生まれだから、運命だと、いつも良い心を持っておけばどうもないわけさあ。だから、この城間ナーカというのは、あるなーか城間ナーカということで、富は勝って、いつも人助けをしていたそうだよ。
| レコード番号 | 47O374294 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C186 |
| 決定題名 | 城間仲 盗人(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 仲栄真三良 |
| 話者名かな | なかえまさんだ |
| 生年月日 | 18940720 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村大湾 |
| 記録日 | 19770508 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村大木T04A03 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集13 大木・長田・牧原の民話P97 |
| キーワード | 城間ナーカ,大変裕福,財産家,すごい金持ち,下男達,田草刈り,畑の真ん中に酒,一升徳利,大晦日,台所,女中,食事の支度,盗人,天井,大晦日の供え物や飾り物,肉や御飯,子供達も多い,正月をすることもできない,城間ナーカ |
| 梗概(こうがい) | 城間ナーカは大変裕福だった。戦前は那覇に行くにも城間の道を通って行っていた。(それほどに土地があった)山も、もうずっと海の近くまで、城間ナーカの土地だった。それはもう二万坪もあったんじゃないかな。田や山野も多く所有していた。そこはもう、昔からの財産家だったのか、そういうふうにすごい金持ちだったらしいが。ある日、下男達に、田の草を刈りに行かせたようだね。城間ナーカの土地は二、三千坪とか。二万坪あるといっても、全部を自分でやっているということではなく、貸したりもしていた。土地も合わせると。土地もすべて計算すると、もうどのくらいになるのかは知らないが、二、三万坪もあったと思う。二十四、五人もの下男が、稲が生える頃に田の草を取りに行ったようだが。ここの主人のタンメーは畑の真ん中に酒を入れた一升徳利を置いて、立派に草を取り、怠けずに早く刈り取らせることができたそうだよ。田の真ん中に一升徳利を置いて、そこまで早くきれいに取って行けば、酒が飲めるわけだからね。全員。そうして、真ん中に置いてある酒を飲んで、草を残したまま帰って行ったんでしょうね。下男達が家に戻ったら、「お前達はまだ済んでないから、もう一度取って来なさい。」と、行かされたようだね。酒があるものだから、早く終わりたいばかりに、きれいに取らずに酒を飲んだということで、またも行かされたわけさあ。そうして、またも行かされたので、その時はきれいにやったのか。良い人でもあったって、そこの家族は全員、嫁も。十四、五人もの下男を賄って、また畑にも一緒に行って、薪を拾ったりもしていたそうだ。小枝なども拾ってきては薪として燃やしていた。そういうふうに畑や薪取りにも一緒に行き来したりしていたらしい。城間ナーカの嫁・カマルは大変気丈な方だったらしい。今度は、大晦日に、台所にいる女中達は食事の支度をしているのに、見なかったんでしょうね。いつ入ったのか知らないが、盗人がそこから入って、天井にゆっくりと上がって行った。タンメーは横になって寝ていたのでしょう、それを見ていたが知らないふりをしていた。そして、大晦日の供え物や飾り物、肉や御飯を準備していたら、「今日の夕飯はいつもの人数分より、ひとつは多く入れなさいよ。」とタンメーは女中達に言った。もう女中は目を丸くして、辺りをぐるぐる見回した。一人分は多く入れなさいよとおっしゃったのでね。夕飯時になったので、「はい、天井に昇っている青年も下りて来なさい。」と、もうタンメーが言うと、盗人に入った青年は驚いて、長いこと下りて来なかった。後はもう、恐れはばかり、恐ろしくなって、下りて来た。「ここに来なさい。」と、タンメーの近くに呼んで、「お前は何者か。どういう成り行きで、人の家の天井に昇ったのか。」と言われた。「あの、実は私はもう那覇で人力車夫をしている者です。子供も何人もいるのですが、大晦日だというのに食べる物もなければ、何にも買うお金もない。やっと命を繋いでいるだけというほどの生活をしています。子供達も多く、車引きだけでは、もう正月をすることもできません。貴方の家に入ったら、何か少しでも正月の足しにできるような物が拝借できるかもしれないと思って忍び込みました。」と答えた。そして、「だったら、お前は子供は何人いるのか。」と言われたので、「ああ、何人いますよ。」と答えた。「ああ、そうか。」と。それから「もうよろしい、使いの者も一緒に行って来なさい。」と。嘘かもしれないと思って、使いの男を二人ばかり、本人も含めて三人行かせた。そして使いに行って来た男が、「あの家族の生活というのは、本当に苦しい状態にあります。」と報告したので、「よろしい。」と。盗人と使いの者はまた戻って来て、那覇で車引きをしていたという本人の言葉は嘘ではないということが分かっているのだから。「本当にこの人の言う通りです。苦しい立場にあります。もう腹を空かせて苦しい立場です。」と使いの者が報告したから、米と肉をたくさん、四、五斤ほどだったのか、大根なども持たせた。それで、「正月をする物は貸してあげるから。」と、正月もさせてあげた。それからまた、この城間ナーカが使ったようだね、この人を。そこの下男として、子供達も一緒に住み込みで働いたそうだ。そういうふうな人達を、使ったようだね。そのようにして、城間ナーカは貧しい者を助けていた。寒くしている者には着物をつけさせて、おなかを空かせている者には食物を与えて、というほどに良い精神の持ち主であられた。それで、富は保たれているということだよ。富は減らない、だんだん勝るばかりだったって。それは、そういう心だから、人間というのはね。だから、貧しいからといって、馬鹿にでもしたら大変なことだよ。もういかなるどんな人でも、金持ちでも羨ましがるものではない。子供がたくさんいるといって、羨ましがるものでもない。人の心というのは、体は丈夫でなくても五、六十年、七十年も経ってから分かるんであってね。また悪い事をすれば、親兄弟に尾を引くこともあるし。これは生まれだから、運命だと、いつも良い心を持っておけばどうもないわけさあ。だから、この城間ナーカというのは、あるなーか城間ナーカということで、富は勝って、いつも人助けをしていたそうだよ。 |
| 全体の記録時間数 | 9:17 |
| 物語の時間数 | 9:17 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |