鬼餅由来(シマグチ)

概要

昔、首里の金城町に兄妹が二人いて、大金城のチラーというとてもきれいな兄妹が生まれていたそうだ。そして、兄妹二人だが、不思議なことに、兄は毎日のように人を捕えては食べたりしていたようだ。これは確かにチラーの兄がやっていることだと、チラーは字から呼ばれて、所払い(注 )ということになってしまった。「お前達はここに置くわけにはいかないから、あなたの兄はこうこうで人を食うので、きれいな子供は置いておけないので、所払いするんだよ、チラー。」と言われた。妹のチラーはとても残念がって、「本当に私の兄はそんなことをするのですか。」と聞くと、「もう美しい子にねらいをつけているのだよ。」と言われた。「それならば所払いするのを四、五、六日待って下さいよ。。」と願った。所払いというのは昔は八重山、波照間への島流しだったようだ。「それでは待って下さい。もし兄がそういう事をしているのなら、私が良い考えを出して、女の考えで退治しますので。」と言うと、「チラー、お上の人達がも退治できないのに、お前は女だてらに本当に自分の兄を退治できるのか。」「私に考えがあります。」と。そしてある日、餅を煮て、サンニンの葉に瓦餅を包んでね。もうひとつは普通の餅を包んだ。そうして自分の兄を連れて行って、熱い餅の煮汁も缶に持って行ったって。そして崖を背にして「兄さん、今日は私が兄さんの好きな餅を持って来てあるよ。餅もたくさん食べなさいよ、兄さん。」と言って、崖を背に餅を食べさせながら、チルーは自分の下を開けて見せたそうだ。そうしたから兄さんは「アハハー。」と笑いながら崖から落ちて行った。チルーは今だ!と思い、「兄さんよー、私が今日は退治するからね。」と、熱い餅の汁をかけてしまった。それからもう兄は死んでしまった。そして今度は、チラーは首里の上の方から呼ばれて、「おいチルー、お前はどういうふうにして兄を退治したのか。」と聞かれたので、「私はこうこうで皆様に対してすまないなと思って、いろいろ考えてきました。そうして、兄が好きな餅を煮て持って行き、退治しました。」と言ったら、「チルーよ、よくやってくれた。」と言われた。そしてお上の方からたくさんの褒美をもらい、島流しも免れたそうだよ。このムーチーの煮汁の扱いは、昔から今まで伝わっているので、皆さんお分かりだと思いますが。「鬼は外。」というのは、鬼の足を焼き上げるということで、屋敷の角々に煮汁を掛けるんだよ。また「福は内来る。」というのは、とても嘉例なことだということ。これはまたサンニンの葉で鬼の足の形を作り、屋敷の角々に下げるのも皆さん覚えていると思いますが、私達は今でもそれを伝えています。それからこれは、首里・那覇・久米などは八日。また私達らのこの田舎は七日ムーチーになっているでしょう。それはどういう理由があるのですかと親に聞いてみたらこうだって。昔は、唐旅する人達がいたらしい。このムーチーというのは、鬼になった兄を誰がも退治できず、このウナイ神がしか退治できなかったそうだ。それで、大金城のホーハイムーチーと名付けられているようです。また、久米の人が唐旅をする事になったので、これは嘉例なものだからと、一日早く餅を煮て食べさせて行かせなさいということになった。それから本当は七日なんだが、翌日には久米の人は唐旅に出かけるので、一日は延ばしてから餅は煮て食べさせてから行かせなさいと。それが今につけて、この沖縄中に広がった大金城のホーハイムーチーで、とても有名なムーチー。あのう旧暦の十二月七日には今につけて、ムーチーはほとんど行われていると思います。これがムーチーの由来記です。

再生時間:3:58

民話詳細DATA

レコード番号 47O374260
CD番号 47O37C185
決定題名 鬼餅由来(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 宮城ヤス
話者名かな みやぎやす
生年月日 19090425
性別
出身地 沖縄県読谷村大木
記録日 19761219
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村大木T02B07
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情 酒に酔ったお父さんが、兄と二人に話をきかせてくれた。
文字化資料 読谷村民話資料集13 大木・長田・牧原の民話P12
キーワード 首里の金城町,兄妹が二人,大金城のチラー,きれいな兄妹,人を捕えては食べた,チラーの兄,所払い,八重山,波照間,島流し,女の考えで退治,餅,サンニンの葉に瓦餅を包んだ,普通の餅を包んだ,熱い餅の煮汁,崖を背,下を開けて見せた,崖から落ちた,鬼は外,鬼の足を焼き上げる,屋敷の角々に煮汁,福は内来る,サンニンの葉で鬼の足の形,屋敷の角々に下げる,田舎は七日ムーチー,唐旅,大金城のホーハイムーチー,久米の人が唐旅,嘉例,一日早く餅を煮て食べさせた
梗概(こうがい) 昔、首里の金城町に兄妹が二人いて、大金城のチラーというとてもきれいな兄妹が生まれていたそうだ。そして、兄妹二人だが、不思議なことに、兄は毎日のように人を捕えては食べたりしていたようだ。これは確かにチラーの兄がやっていることだと、チラーは字から呼ばれて、所払い(注 )ということになってしまった。「お前達はここに置くわけにはいかないから、あなたの兄はこうこうで人を食うので、きれいな子供は置いておけないので、所払いするんだよ、チラー。」と言われた。妹のチラーはとても残念がって、「本当に私の兄はそんなことをするのですか。」と聞くと、「もう美しい子にねらいをつけているのだよ。」と言われた。「それならば所払いするのを四、五、六日待って下さいよ。。」と願った。所払いというのは昔は八重山、波照間への島流しだったようだ。「それでは待って下さい。もし兄がそういう事をしているのなら、私が良い考えを出して、女の考えで退治しますので。」と言うと、「チラー、お上の人達がも退治できないのに、お前は女だてらに本当に自分の兄を退治できるのか。」「私に考えがあります。」と。そしてある日、餅を煮て、サンニンの葉に瓦餅を包んでね。もうひとつは普通の餅を包んだ。そうして自分の兄を連れて行って、熱い餅の煮汁も缶に持って行ったって。そして崖を背にして「兄さん、今日は私が兄さんの好きな餅を持って来てあるよ。餅もたくさん食べなさいよ、兄さん。」と言って、崖を背に餅を食べさせながら、チルーは自分の下を開けて見せたそうだ。そうしたから兄さんは「アハハー。」と笑いながら崖から落ちて行った。チルーは今だ!と思い、「兄さんよー、私が今日は退治するからね。」と、熱い餅の汁をかけてしまった。それからもう兄は死んでしまった。そして今度は、チラーは首里の上の方から呼ばれて、「おいチルー、お前はどういうふうにして兄を退治したのか。」と聞かれたので、「私はこうこうで皆様に対してすまないなと思って、いろいろ考えてきました。そうして、兄が好きな餅を煮て持って行き、退治しました。」と言ったら、「チルーよ、よくやってくれた。」と言われた。そしてお上の方からたくさんの褒美をもらい、島流しも免れたそうだよ。このムーチーの煮汁の扱いは、昔から今まで伝わっているので、皆さんお分かりだと思いますが。「鬼は外。」というのは、鬼の足を焼き上げるということで、屋敷の角々に煮汁を掛けるんだよ。また「福は内来る。」というのは、とても嘉例なことだということ。これはまたサンニンの葉で鬼の足の形を作り、屋敷の角々に下げるのも皆さん覚えていると思いますが、私達は今でもそれを伝えています。それからこれは、首里・那覇・久米などは八日。また私達らのこの田舎は七日ムーチーになっているでしょう。それはどういう理由があるのですかと親に聞いてみたらこうだって。昔は、唐旅する人達がいたらしい。このムーチーというのは、鬼になった兄を誰がも退治できず、このウナイ神がしか退治できなかったそうだ。それで、大金城のホーハイムーチーと名付けられているようです。また、久米の人が唐旅をする事になったので、これは嘉例なものだからと、一日早く餅を煮て食べさせて行かせなさいということになった。それから本当は七日なんだが、翌日には久米の人は唐旅に出かけるので、一日は延ばしてから餅は煮て食べさせてから行かせなさいと。それが今につけて、この沖縄中に広がった大金城のホーハイムーチーで、とても有名なムーチー。あのう旧暦の十二月七日には今につけて、ムーチーはほとんど行われていると思います。これがムーチーの由来記です。
全体の記録時間数 3:58
物語の時間数 3:58
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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