姥捨て山(シマグチ)

概要

昔の人の話なんだが、六十歳になるともうかわいそうに、かたっぱしから畦道の片側に連れて行った捨てたという話なんです。「もう、私達は六十歳になってしまった。連れて行かれるんだな。」と、ある家の人が言うと、自分の親を大層大事にして、しまいには裏座敷の床を開けて床下に穴を掘り、そこに親を住まわせて、食べ物を運び運び、日々を過ごさせていました。どうしてそういうことになったか分からないが、「これを解ける人がおるか。これを解かないことには国のためにならないのだが、どうしよう。」とおっしゃったので、「それでは、もうこれを判断することが出来なければ、どうなるんだ。」と、裏座敷の方へゆっくりゆっくり行って、自分の親に尋ねると、親が、「それはこうなんだよ。」とおっしゃった。それでそのとおり申し上げると、「ああ、これは分かっているんだな。それではこれを解いたのは誰だ。」と聞くので、「私の親です。」と答えて、穴から連れ出して見せると、偉い人は、「ああ、今の若者達にはこれらのことは分からないんだから、それでは年寄りは捨てないでおいておかなければいけない。年寄りのいう言葉は、これはもうこれだけ判断することが出来るのだから、年寄りのいうことはよく聞きなさいよ。この人はこのようにいろいろのことを分かっていらっしゃる。年寄りは宝だ。」と言って、それ以来、年寄りは敬愛されるようになったという話を聞きました。

再生時間:1:58

民話詳細DATA

レコード番号 47O374060
CD番号 47O37C177
決定題名 姥捨て山(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 大城トヨ
話者名かな おおしろとよ
生年月日 19160310
性別
出身地 北谷町
記録日 19770223
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村都屋T01A11
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集12 都屋の民話 P267
キーワード 六十歳,畦道,捨てた,親,裏座敷の床,食べ物を運んだ,解ける人,年寄りは宝
梗概(こうがい) 昔の人の話なんだが、六十歳になるともうかわいそうに、かたっぱしから畦道の片側に連れて行った捨てたという話なんです。「もう、私達は六十歳になってしまった。連れて行かれるんだな。」と、ある家の人が言うと、自分の親を大層大事にして、しまいには裏座敷の床を開けて床下に穴を掘り、そこに親を住まわせて、食べ物を運び運び、日々を過ごさせていました。どうしてそういうことになったか分からないが、「これを解ける人がおるか。これを解かないことには国のためにならないのだが、どうしよう。」とおっしゃったので、「それでは、もうこれを判断することが出来なければ、どうなるんだ。」と、裏座敷の方へゆっくりゆっくり行って、自分の親に尋ねると、親が、「それはこうなんだよ。」とおっしゃった。それでそのとおり申し上げると、「ああ、これは分かっているんだな。それではこれを解いたのは誰だ。」と聞くので、「私の親です。」と答えて、穴から連れ出して見せると、偉い人は、「ああ、今の若者達にはこれらのことは分からないんだから、それでは年寄りは捨てないでおいておかなければいけない。年寄りのいう言葉は、これはもうこれだけ判断することが出来るのだから、年寄りのいうことはよく聞きなさいよ。この人はこのようにいろいろのことを分かっていらっしゃる。年寄りは宝だ。」と言って、それ以来、年寄りは敬愛されるようになったという話を聞きました。
全体の記録時間数 1:58
物語の時間数 1:58
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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