
田場大工の話は、あれは昔のとても秀れた大工だったそうだ。それで、家造りを頼まれた時に一週間、弟子たちもみんな道具ばかり研いでいたって。すると、「もうこの人達を頼むと大変だ。食事代は使って道具ばかり研いで。」と言って、「もうあなた達はいいから、やった分は手間賃を取って出て行ってくれ。」と言ったら、「はい。」と、大工が言った。そして主人に、「板二枚と、また楔木二つは使いましょうね。」と言って許しを得ると、板二枚まぬ板という杉板があるの分かるでしょう。弟子達に、その板二枚に鉋を使わせて、水で二枚をくっつけてね、昔は名々金持ちの人は家の前にクムイがあったよ、池ね。そこに、その板二枚くっつけたのを投げてね。また楔は二つ研いで、二つくっつけて綱で縛って、池に投げた。そして、「手間賃はいりません。私達は自分の道具を研いだのですから、また次の普請のときは研がないで出来ますので。」と言って行ってしまった。そしてどこから大工を頼んで来ても、「何でここに板二枚投げられているのは何でしょうか。あれは楔だけど何でしょうか。」と聞くと、「雇ってから一週間、道具ばかり研いでいたので断わって出したら、あんな事をして出て行った。」と言ったので、この板を出させてみた。すると、二枚くっつけて投げ入れて、水に浮かせてあるのだがこの板も開かせない。また楔を見てみると綱をはずして見ると、少しも水は通っていない、そのまままっ白だった。もうこれは、「私達では家は造れません。」と言って、「別のところに頼んで下さい。」と言われたので、この田場大工のところに行って、「もうこれはあなたたちが、手をかけてあるのは出来ないと言われた。造ってください。」と謝ったので来て造った。家を造る間、道具は一度も研がなかった。一週間かけて研いだ道具を次から次へと使って、帰るまで道具は一度も研がなかったそうだ。それで、「田場大工。」と、名まえがついたのは、それからである。田場大工というのはそういうことだったらしい。戸棚でも、重なった戸棚を造ったのは、その田場大工という人だった。模合の座に戸棚を造って持っていってね、重ね戸棚、造ったままでは場所をとって持って歩けないでしょう。造っておいてから、全部取り外して、綱で束ねて担いで行ってね、そうしてその戸棚を買う人がいれば、組み立ててすぐ売ったそうだ。その人は、大変秀れた大工だったので田場大工と付いた。何もできないということではない。例えで、今は、「はあ、お前は田場大工だな。」と言うが、あの人はとても秀れた人、あの人より秀れた大工はいなかったそうだ。
| レコード番号 | 47O373862 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C169 |
| 決定題名 | 田場細工(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 田場細工 |
| 話者名 | 城間正二 |
| 話者名かな | しろましょうじ |
| 生年月日 | 18980715 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村上地 |
| 記録日 | 19770227 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村上地T01B03 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集12上地の民話 P31 |
| キーワード | 田場大工,秀れた大工,家造り,弟子,道具ばかり研いでいた,食事代,主人,板二枚,楔木二つ,金持ち,クムイ,池に投げた,水に浮かせてある,少しも水は通っていない,重なった戸棚,模合の座,組み立ててすぐ売った |
| 梗概(こうがい) | 田場大工の話は、あれは昔のとても秀れた大工だったそうだ。それで、家造りを頼まれた時に一週間、弟子たちもみんな道具ばかり研いでいたって。すると、「もうこの人達を頼むと大変だ。食事代は使って道具ばかり研いで。」と言って、「もうあなた達はいいから、やった分は手間賃を取って出て行ってくれ。」と言ったら、「はい。」と、大工が言った。そして主人に、「板二枚と、また楔木二つは使いましょうね。」と言って許しを得ると、板二枚まぬ板という杉板があるの分かるでしょう。弟子達に、その板二枚に鉋を使わせて、水で二枚をくっつけてね、昔は名々金持ちの人は家の前にクムイがあったよ、池ね。そこに、その板二枚くっつけたのを投げてね。また楔は二つ研いで、二つくっつけて綱で縛って、池に投げた。そして、「手間賃はいりません。私達は自分の道具を研いだのですから、また次の普請のときは研がないで出来ますので。」と言って行ってしまった。そしてどこから大工を頼んで来ても、「何でここに板二枚投げられているのは何でしょうか。あれは楔だけど何でしょうか。」と聞くと、「雇ってから一週間、道具ばかり研いでいたので断わって出したら、あんな事をして出て行った。」と言ったので、この板を出させてみた。すると、二枚くっつけて投げ入れて、水に浮かせてあるのだがこの板も開かせない。また楔を見てみると綱をはずして見ると、少しも水は通っていない、そのまままっ白だった。もうこれは、「私達では家は造れません。」と言って、「別のところに頼んで下さい。」と言われたので、この田場大工のところに行って、「もうこれはあなたたちが、手をかけてあるのは出来ないと言われた。造ってください。」と謝ったので来て造った。家を造る間、道具は一度も研がなかった。一週間かけて研いだ道具を次から次へと使って、帰るまで道具は一度も研がなかったそうだ。それで、「田場大工。」と、名まえがついたのは、それからである。田場大工というのはそういうことだったらしい。戸棚でも、重なった戸棚を造ったのは、その田場大工という人だった。模合の座に戸棚を造って持っていってね、重ね戸棚、造ったままでは場所をとって持って歩けないでしょう。造っておいてから、全部取り外して、綱で束ねて担いで行ってね、そうしてその戸棚を買う人がいれば、組み立ててすぐ売ったそうだ。その人は、大変秀れた大工だったので田場大工と付いた。何もできないということではない。例えで、今は、「はあ、お前は田場大工だな。」と言うが、あの人はとても秀れた人、あの人より秀れた大工はいなかったそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:09 |
| 物語の時間数 | 3:09 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |