昔の食べ物(シマグチ)

概要

昔はヒチマといってムイアナーの所に豆腐や米を持って行く習慣があった。新しい豆の収穫すると豆腐を作って三丁ずつ配った。その時は一日に2回蒸したが、ちょうどかまぼこのようになったが、蒸かげんが難しかった。昔のお婆さんたちは「物腐らしーねー人ぬる腐る」という言葉があった。シンメーナービに二段、三段重ねて新築祝いなどには蒸して使った。いろんな所からキンジーとして豆腐が持ち寄られたが、腐らすということなかった。汁やスーネー(千切れ炒め)も同じようにした。フシカブズーネーは今でも祝や法事にも作っている。餅はそのまま置いておいて、食べる時に洗って蒸して食べた。3月3日、七月にも三升ずつ作った。ウユミの時には水屋、蝿帳に自分の物を隠して食べたこともある。ンスナバーも大きなソーキに入れて川に洗いに行き、トーマーミーの葉も水茹でてハージャーに干して桶に入れて保存した。サーターシーの時にはジューシーなどに使った。サーターヤー賄いは豆腐にアンダカシーや野菜を入れて作ったが、大変良い匂いで美味しかった。今でいる汁で、豆腐を油で揚げて汁に入れて、アンダカシー、ンスナバー、ネギなどを入れて大変美味しかった。御飯はなくクラガー芋だった。昼ごはんにはアサバン、おやつにはアーシー、朝ごはんにはヒトゥミティムン、ミークフヮヤーといっていた。朝はミークフヮヤーとしてお茶とアンダンスー、草を刈りて来てから火トゥミティムンを食べた。あまり栄養のあるものを食べてないからいつもお腹をすかせていた。だから「七家歩っけー七碗」「物食むしん人びれー」という言葉があった。

再生時間:10:21

民話詳細DATA

レコード番号 47O373833
CD番号 47O37C168
決定題名 昔の食べ物(シマグチ)
話者がつけた題名 昔の食べ物
話者名 池原清 他
話者名かな いけはらきよ 他
生年月日 19220801
性別
出身地 沖縄県読谷村楚辺
記録日 19881221
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村楚辺T19A14
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 80
発句(ほっく) んかしぇーよー
伝承事情
文字化資料
キーワード ヒチマ,ムイアナー,豆腐や米,豆,物腐らしーねー人ぬる腐る,新築祝い,キンジー,フシカブズーネー,ウユミ,サーターシー,クラガー芋,七家歩っけー七碗,物食むしん人びれー
梗概(こうがい) 昔はヒチマといってムイアナーの所に豆腐や米を持って行く習慣があった。新しい豆の収穫すると豆腐を作って三丁ずつ配った。その時は一日に2回蒸したが、ちょうどかまぼこのようになったが、蒸かげんが難しかった。昔のお婆さんたちは「物腐らしーねー人ぬる腐る」という言葉があった。シンメーナービに二段、三段重ねて新築祝いなどには蒸して使った。いろんな所からキンジーとして豆腐が持ち寄られたが、腐らすということなかった。汁やスーネー(千切れ炒め)も同じようにした。フシカブズーネーは今でも祝や法事にも作っている。餅はそのまま置いておいて、食べる時に洗って蒸して食べた。3月3日、七月にも三升ずつ作った。ウユミの時には水屋、蝿帳に自分の物を隠して食べたこともある。ンスナバーも大きなソーキに入れて川に洗いに行き、トーマーミーの葉も水茹でてハージャーに干して桶に入れて保存した。サーターシーの時にはジューシーなどに使った。サーターヤー賄いは豆腐にアンダカシーや野菜を入れて作ったが、大変良い匂いで美味しかった。今でいる汁で、豆腐を油で揚げて汁に入れて、アンダカシー、ンスナバー、ネギなどを入れて大変美味しかった。御飯はなくクラガー芋だった。昼ごはんにはアサバン、おやつにはアーシー、朝ごはんにはヒトゥミティムン、ミークフヮヤーといっていた。朝はミークフヮヤーとしてお茶とアンダンスー、草を刈りて来てから火トゥミティムンを食べた。あまり栄養のあるものを食べてないからいつもお腹をすかせていた。だから「七家歩っけー七碗」「物食むしん人びれー」という言葉があった。
全体の記録時間数 10:21
物語の時間数 10:21
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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