
それはね、こういう話から出ているんだよ。六十歳を過ぎると年寄りは畑の畦に家を造って、そこに置いたそうだよ。そして、食事は運んで賄っていたようだが、仕事はさせなかった。もう年の甲は亀の甲というのがあるでしょう。その時分のことだったんでしょうね。ちょうど虫バレーと同じように、夏頃にバッタやソーマー、へンサー、スルル虫等が異常発生した年があった。立夏、小満、芒種、夏至という時期に、その色々な虫が広がってしまった。そうすると、その百姓達はカンダ虫が発生すると、芋はグスグスして実が入らなかった。だからもう飢える以外にはないという立場にあった。また昔のキビは今のように太くもなかった。色々改造して、今のような太径種に種も変わってきた。葉っぱでもバッタやソーマーに喰われようものなら実も入らなかった。六月や七月頃にカズラの葉でも喰われたり、キビの葉を喰われたりしたら、もう何にもならなかった。もう今度は取っても取ってもどうしようもなかったので、「これはどうすればいいんだろう。」と、困ってしまった。それで青年等が出て、バッタ駆除、カンダ虫駆除というふうにやったんだが、やってもやってもまた出てきて駆除することができなかった。もう楚辺だけではなく、大湾辺からも渡ってくるし、また都屋辺りからも渡ってきたんだからね。そうこうして対策をたてながら、何度もみんな揃って会議も開いたんだが、どうすることもできなかった。終いには、「そういうふうな昔の話だったら、私の親はだいたい聞いていると思うよ。私の親に聞いてこようね。」と、一人の人が申し出たようだ。「じゃあ、聞いてこい。」と。その親はもう、六十余るんだから、畑の畦に家を造って、置いてあったようだ。そして行ってみると、「何か。」と聞かれたので、「はいお爺、もうスルル虫が異常発生して、何回駆除してもどうにもならない。またマージェーが発生し始め、キビの葉も全部枯れて、カズラの葉も枯れて、芋も出来ず、砂糖も出来ない、これではもう餓死が迫るばかりである。ウンメーよ、どうしたらいいんですか。」と聞いた。するとそのお爺さんはまた、「ああ、そんなにしているのか。いい考えがあるよ。そういうのには菖蒲鉦というのがあるから、実り物も揃えて鉦、太鼓を打ち鳴らし、西と東に分かれて綱を引いて、御願をしなさい。」と言った。西と東に分かれて綱を引くと、ヒーヤーヒーヤーと威勢良く叫ぶでしょう。そのようにもうポンポンクヮーンポンポンクヮーン、クヮーンクヮーンクヮーンと綱を引いた。私達のシマでは中央で綱を引くんだが、綱を担ぎながら回り綱を合わせた。これはスネーということでね。そしてそのようにしたら、その日の夜で虫は全部上がって、死んでいた。バッタやスルル虫、カンダ虫等、全部上がって死んでいたそうだ。これこそ神様の引き合わせなのかと思うほど全ての虫は全滅したって。死んだから、「年寄りは宝だ、畑には置かずに早く家に連れ帰りなさい。」ということになった。その時から年寄りは家に連れて来て、西と東に分かれて綱引きもするようになったとのこと。私達のシマでは、旧暦の六月二十四日に綱引きを行った。
| レコード番号 | 47O373809 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C167 |
| 決定題名 | 綱引きの由来(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 綱引きの由来 |
| 話者名 | 比嘉清次郎 |
| 話者名かな | ひがせいじろう |
| 生年月日 | 19100320 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村楚辺 |
| 記録日 | 19881220 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村楚辺T18B02 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集11楚辺の民話 P245 |
| キーワード | 六十歳,年寄り,畑の畦に家,年の甲は亀の甲,虫バレー,虫等が異常発生百姓,カンダ虫,芋,飢え,バッタ駆除,カンダ虫駆除,楚辺,大湾,都屋,会議,お爺さん,菖蒲鉦,太鼓,西と東,綱引き,御願,全部の虫が死んだ,神様の引き合わせ,年寄りは宝,旧暦6月24日に綱引き |
| 梗概(こうがい) | それはね、こういう話から出ているんだよ。六十歳を過ぎると年寄りは畑の畦に家を造って、そこに置いたそうだよ。そして、食事は運んで賄っていたようだが、仕事はさせなかった。もう年の甲は亀の甲というのがあるでしょう。その時分のことだったんでしょうね。ちょうど虫バレーと同じように、夏頃にバッタやソーマー、へンサー、スルル虫等が異常発生した年があった。立夏、小満、芒種、夏至という時期に、その色々な虫が広がってしまった。そうすると、その百姓達はカンダ虫が発生すると、芋はグスグスして実が入らなかった。だからもう飢える以外にはないという立場にあった。また昔のキビは今のように太くもなかった。色々改造して、今のような太径種に種も変わってきた。葉っぱでもバッタやソーマーに喰われようものなら実も入らなかった。六月や七月頃にカズラの葉でも喰われたり、キビの葉を喰われたりしたら、もう何にもならなかった。もう今度は取っても取ってもどうしようもなかったので、「これはどうすればいいんだろう。」と、困ってしまった。それで青年等が出て、バッタ駆除、カンダ虫駆除というふうにやったんだが、やってもやってもまた出てきて駆除することができなかった。もう楚辺だけではなく、大湾辺からも渡ってくるし、また都屋辺りからも渡ってきたんだからね。そうこうして対策をたてながら、何度もみんな揃って会議も開いたんだが、どうすることもできなかった。終いには、「そういうふうな昔の話だったら、私の親はだいたい聞いていると思うよ。私の親に聞いてこようね。」と、一人の人が申し出たようだ。「じゃあ、聞いてこい。」と。その親はもう、六十余るんだから、畑の畦に家を造って、置いてあったようだ。そして行ってみると、「何か。」と聞かれたので、「はいお爺、もうスルル虫が異常発生して、何回駆除してもどうにもならない。またマージェーが発生し始め、キビの葉も全部枯れて、カズラの葉も枯れて、芋も出来ず、砂糖も出来ない、これではもう餓死が迫るばかりである。ウンメーよ、どうしたらいいんですか。」と聞いた。するとそのお爺さんはまた、「ああ、そんなにしているのか。いい考えがあるよ。そういうのには菖蒲鉦というのがあるから、実り物も揃えて鉦、太鼓を打ち鳴らし、西と東に分かれて綱を引いて、御願をしなさい。」と言った。西と東に分かれて綱を引くと、ヒーヤーヒーヤーと威勢良く叫ぶでしょう。そのようにもうポンポンクヮーンポンポンクヮーン、クヮーンクヮーンクヮーンと綱を引いた。私達のシマでは中央で綱を引くんだが、綱を担ぎながら回り綱を合わせた。これはスネーということでね。そしてそのようにしたら、その日の夜で虫は全部上がって、死んでいた。バッタやスルル虫、カンダ虫等、全部上がって死んでいたそうだ。これこそ神様の引き合わせなのかと思うほど全ての虫は全滅したって。死んだから、「年寄りは宝だ、畑には置かずに早く家に連れ帰りなさい。」ということになった。その時から年寄りは家に連れて来て、西と東に分かれて綱引きもするようになったとのこと。私達のシマでは、旧暦の六月二十四日に綱引きを行った。 |
| 全体の記録時間数 | 7:48 |
| 物語の時間数 | 7:48 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |